なだらかなアンデス東麓のテラスで育つ「テラサス・デ・ロス・アンデス」

“牛肉から紐とくアルゼンチンワインの魅力(原文ママ)”と題したワインと食事の会にでかけた。40日間熟成したという牛肉は本場のアサードとは趣が異なっていたけれど、テラサスとの相性がよくてとてもおいしかった。

 

「テラサス」を飲んだのは久しぶりだった。

1959年にモエ・エ・シャンドンがルハン・デ・クージョにボデガス・シャンドン・アルヘンティーナを設立し、その30年後の1999年にスティルワインを造りはじめた。当時の醸造責任者はロベルト・デ・ラ・モタである。

テラサスが日本に初めて紹介されたのは2001年だったと思う。シャンドン・エステーツからブレット・クリッテンデンがやってきて、なぜメンドーサでワイン造りをはじめたかを説明した。それによると、

「メンドーサ近郊には標高600mから1,600mまで、なんと1,000mもの標高の違いのある土地があり、その中でブドウ畑に適した土地を探し、そこに最も適した品種を植えることができる。ここでのブドウ栽培は平面的な横の広がりではなく、立体的な縦への広がりだ。海抜の高さは一日の昼夜の温度差の多寡になってあらわれ、それはなんと20℃にもなる。だからブドウはゆっくり成熟して酸味を保ちながら完熟する。

数千年にわたってアンデスから流れ出て積もった粘土、ローム、小石があり、こうした土壌はブドウ樹が深く根を下ろすのに適している。“テラサス”の社名が示すとおり、われわれはアンデス山麓のそれぞれ異なる標高にテラス状になった土地を選び、そこに最も適したブドウを植えた」

ということだった。

 

その後、2009年に初めてテラサスを訪問し、テラサスのすべての商品レンジを飲んだ。おりしもそこにシュヴァル・ブランのピエール・リュルトンが居た。リュルトンに聞いた。

「1999年にロベルト・デ・ラ・モタとシュヴァル・デ・ザンデス(シュヴァル・ブランとテラサスの合弁)をスタートした。マルベックとカベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランを使った。2000年はエル・ニーニョの影響で造らなかったから2001年がファースト・ヴィンテージで、フレッシュでエレガントな年だった。当初はカベルネ・ソーヴィニヨン主体だったが、2005年に初めてマルベック60%にした。今後はもっとマルベックを使いたい。ブレンド・プロポーションは変えるが、フィネスとエレガンスというスタイルは維持する。

フィロキセラ禍の後、ボルドーのマルベックにはあまりよいものがなかった。しかしアルゼンチンにはよいもの、遺伝学的にピュアなものが残っている。房も顆粒もコンパクトでしっかり凝縮したものが伝わっている」。

 

そして先月、冒頭に書いた会にテラサスのワインメーカー、グスタボ・ウルソマルソが来日してワインを説明した。この時、初めてテラサスのトロンテス2015を飲んだ。このトロンテスはサルタ州カファジャテ産だという。

カファジャテのトロンテスとメンドーサのトロンテスにははっきりした違いがある。メンドーサのトロンテスはたっぷりしていてマスカット香が強く出るのに対して、カファジャテのそれは柑橘と花の香りで味わいが引き締まっている。テラサスはカファジャテの標高1,800mに100haの自社畑を持っている。しかし醸造設備はなく、ピアテッリに醸造を委託している。

メンドーサのルハン・デ・クージョにはカベルネ・ソーヴィニヨンとマルベックを栽培している。カベルネ・ソーヴィニヨンはペルドリエルのロス・アロモス畑(980m)、マルベックはビスタルバのラス・コンプエルタス畑(1,067m)のブドウでそれぞれ「シングル・ヴィンヤード」のワインを造っている。いずれもしっかり凝縮したエレガントなスタイルに仕上がっている。

 

グスタボによると、これまでは畑の標高の違いにフォーカスしてきたが、今後はいっそう冷涼な畑でマルベックを栽培し、土壌のタイプをきちんと反映したワインを造り、もっとメンドーサのテロワールを表現したいという。

それで6年前にウコ・ヴァレーのチャカジェスに60haの土地を購入した。かつてはリンゴを栽培していた標高1,400mのこの畑にマルベックを植えた。接木をしないものと101-14台木に接いだものを植え分けている。すでに12か月の樽熟成を終えたワインはあるが、まだ商品化の方法は固まっていない。テラサスの新しい展開が楽しみだ。(K. B.)

画像:テラサスのワインメーカー、グスタボ・ウルソマルソ

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