“トゥーランガワエワエ”土地と語らうワインづくり ニュージーランドの「リッポン」

「今日の私の話の中心テーマは、“トゥーランガワエワエ(Turangawaewae)”。これはマオリの言葉で、『私の足の立っている場所』という意味。テロワールが人間からみた土地に対する概念だとすれば、トゥーランガワエワエという言葉には、自分が土地に働きかけると同時に、自分もその土地から影響を受けているといったように、土地と自分が一体化しているという意識が強くあります」と、リッポンヴィンヤード&ワイナリーの当主、ニコラス(ニック)・サーグッド・ミルズ氏。

先住民マオリ族は13 世紀頃ニュージーランドにやってきたといわれているが、彼らは様々なものに魂が宿っていると信じ、土地と一体化した中に自分のアイデンティティを見いだそうとしている。また、マウリ語では、人間と土地は同じ“テヌア” という言葉で表現されるのだという。

「マオリ族のアニミズムを(私たちが)どれだけ信じるか、その程度は問題ではない。しかし、(その土地がもたらす様々な事象を)一つひとつきちんと認識し、自分との関係性を理解することが重要であり、ワインづくりにおいても(そうした中から)自ずと結果がついてくる」。リッポンにおけるニックのワインづくりの根幹がそこにある。

 

リッポンの畑は、ワナカ湖の湖岸からせり上がる急傾斜な北向き斜面に広がっている。畑から望む景色は雄大で明媚だ。「ワナカは今リゾート地になっていて土地の値段が上がっているが、自分たちは元々そこにいた。ブルゴーニュと同様に、人間が住みたいと思う場所はぶどうにとっても住みやすいところでもある」。

大陸性気候をもつセントラルオタゴは、ニュージーランドで最も暑く乾燥し、そして冬は最も寒い地域だが、ワナカではわずかながら気象条件が穏やか。しかも湖に面しているおかげで、ぶどうの成育期における霜害の危険も緩和されている。

「寒暖差が大きいと香りのボリュームが大きくなるが、ワインは香水ではなく飲み物だ。だから、テロワールのベクトルは香りではなく、ワインを口に含んだときの質感やフォルムの中に表現されるべきだ。一般に、粘土石灰岩土壌は全てのエネルギーを土の中に吸収するが、シスト(片岩)が多いワナカの土壌は、果実の風味が凝縮し、何層にも重なって圧縮した質感をもたらしている」。

 

ミルズ家はこの地で4代続く農家だが、75年にヴィニフェラ系のぶどうを試験的に植えた後、82年から本格的に高品質ワインづくりのためのぶどう栽培を始めた。4年間に亘り、ジャン・ジャック・コンフェロンやニコラ・ポテル、DRCなど著名なブルゴーニュの造り手の下で修行したニックが帰国し、リッポンのワインづくりに参画したのは2002年から。今では自社畑の全てでビオディナミを実践し、化学肥料や農薬、除草剤は一切使っていない。また、ぶどう樹の80%は自根で、灌漑も行わずに栽培されている。かつてはおよそ30品種を栽培していたが、今ではピノ・ノワール、リースリング、ゲヴルツトラミナー、ソーヴィニヨン・ブラン、オスタイナー(リースリングとシルヴァナーの交配品種)、そしてごく少量ガメイの6品種だけを栽培している。

「品種はこの土地が自ずと選び出したもの。シャルドネは植えていない。人間の介入が必要な品種であり、その80%はあまり面白くないワインだから」という。

 

“Rippon Mature Vine”シリーズはリッポンの土地の個性を反映した定番ワイン。

リースリング2015 はフローラルでザボンなどの柑橘と蜂蜜のニュアンス。優しいアタック、口の中でちょっと甘さを感じる果実の風味、そして長い余韻とともにハーブやイーストの香りが続く。これに対し、2014 年産はミネラル感がぐんと強く感じられ、2013 年産はまろやかで厚みのあるテクスチャーが際立っている。

同じシリーズのピノ・ノワール2014は澄明で輝きをもった色調、フランボワーズなど赤い果実のアロマ、まだ全体に堅さが残るが、口の中に広がるピュアな酸とボリューム感が印象的。同じワインの2012産はちょっと土っぽいニュアンスの複雑さが増しているが、2011年産は2012年より若くフレッシュ。

「ワインのミネラル感はシスト土壌由来のもの。また、ヴィンテージによるアロマの違いは、セントラルオタゴの変わり易い気候条件をそのまま反映している」。

この日、料理とともに楽しんだのはマグナムボトル2008年産のPinot Noir Emma’s Block とPinot Noir Tinker’s Field。いずれも、湖畔に近い単一区画のぶどうからつくられる限定生産品。やや東向きの斜面に91年に植樹されたぶどうからつくられるEmma’s Block のワインは滑らかな舌触りで女性的なタッチ。これに対して、82~87年に植えられたTinker’s Field のワインはより凝縮し、男性的。そしてニックにとっての初ヴィンテージとなったRippon Pinot Noir 2003 は香りが汪溢し、時間とともにどんどんミネラル感が増してくる。凝縮ししなやかなテクスチャーは、予備知識を持たないブラインド試飲ならブルゴーニュ特級畑のワインと区別がつかないと思った。 (M. Yoshino)

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