見違えるほどおいしくなった! 南アフリカのシャノン・ヴィンヤーズ

久しぶりにスチュアート・ダウンズが東京にやってきた。

今回の目的は南アフリカ・エルギンのシャノン・ヴィンヤーズの販促のためである。スチュアートはかつて南アフリカからチリに渡り、コノスルの輸出責任者を務めていた。現在のように日本市場でコノスルが売れるようになった要因の一つに彼の営業努力があると思う。

 

スチュアートがチリでコノスルと関わっていた1990 年代後半から2000 年にかけて、弟のジェームス・ダウンズはエルギンにブドウ樹を植え、ニュートン・ジョンソンなどウォーカーベイの生産者にブドウを売っていた。

 

このエルギンの畑で50 年来、彼らの両親がリンゴと梨を栽培していた。涼しさに目を付けたワイン生産者がエルギンにブドウ樹を植えるのを見て、ジェームスもリンゴ畑の一角にブドウ樹を植えたのだった。

 

勤勉なジェームスは、ブルゴーニュ、ナパ、カサブランカなどを訪ねてソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワールの栽培・醸造法を学び、自らのブドウでシャノン・ヴィンヤーズのワインを造りはじめた。

 

そのお披露目をしたのが2008年9 月のケープワインフェアだった。南アフリカのワインガイドブック「ジョン・プラッターズガイド」で高い評価を得て、販路が急激に広まった。

 

スチュアートは、果樹園経営に加え新たに家業のひとつになったシャノン・ヴィンヤーズのワインを売るためにチリを離れ、家族とともにエルギンに帰館した。

 

あれは7~ 8 年ほど前のことになるだろうか。

スチュアートがサンティアゴで昼食時にワインのブラインド・テストを準備したことがあった。その時、飲んで驚いたのはシャノン・ヴィンヤーズのメルロだった。

それは、当時のチリにはまったくと言っていいほど存在していなかったクール・クライメット・メルロで、その瑞々しさに、これはいったいなんだろうと大いに戸惑ったことを覚えている。ラベルを見せられ、これはチリワインではなく弟がエルギンで造っているメルロだと種明かしをされて納得した。

 

その翌年、スマイルがシャノン・ヴィンヤーズの輸入販売を始めることになり、メルロ以外のワインも試飲することができた。それ以来、シャノン・ヴィンヤーズを飲んでいなかった。ソーヴィニヨン・ブランもセミヨンもピノ・ノワールも樽由来の味香が抑制されていて、見違えるほどおいしくなっていた。

 

ただいまシャノン・ヴィンヤーズは、果樹園の一角に15ha のブドウ畑を所有している。植栽品種はセミヨン、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワール、メルロである。まだ収穫ブドウの一部をニュートン・ジョンソンなどに販売している。(K. B)

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