Making Life Sparkle ! 人生にきらめきをもたらす160年のレガシー ヘンケル & カンパニー・ゼクトケラライ

ドイツ最大の輸出量を誇るゼクトのブランドとして知られるヘンケル。その商品は世界100か国以上で消費されているが、今日ではゼクトに限らず、世界20か国に子会社を設けて100か国以上に輸出をしている国際企業だ。勢いが止まらない彼らの事業展開の実態と、スパークリングワインに掛ける思いについて、 CEOのDr.アンドレアス・ブロケンパー氏に聞いた。

 

ゼクトのトップブランドからグローバルなスパークリングワイン会社へ

ブランドの歴史は1856 年に製造開始したヘンケル・ゼクトから始まる。マインツのワイン商アダム・ヘンケルの夢は自分自身のスパークリングワインを造ることだった。フランスでシャンパーニュの造り方を学び、ドイツに戻ってゼクトの醸造所を開く。フランスのキュヴェとドイツのクラフトマンシップを融合させる形でスタートした。

アダムは早い時期から、常に国際的な視野に立ってブランドの国際化を推進してきた。19世紀末には輸出を開始し、その後イギリス、カナダ、アジア、オーストラリアにも市場を拡大する。20 世紀に入ってからはヘンケル・ゼクトを世界に販売するだけでなく、市場のトレンドに合わせて商品のポートフォリオ自体を国際化して拡大していった。つまり、各国の著名なスパークリングワイン会社を次々と傘下に収めていったのだ。フランスはシャンパーニュのアルフレッド・グラシアンとクレマン・ド・ロワールのグラシアン・エ・メイエ、スペインはカバのカバス・ヒル、イタリアはプロセッコのミオネット、更にハンガリーのテルレイやチェコのボヘミアゼクトをはじめとする東欧のパークリング会社も。

多国籍のブランドを持つメリットは、世界各国で販売する際に多様なニーズに応えられることだ。もともとヘンケルというブランドはフランスとドイツの融合というビジョンから始まっている。各ブランドが由緒ある歴史と固有の文化を持っているが、共通するのはスパークリングワインづくりに掛ける情熱と使命感。ヘンケルの「人生にきらめきを!」という言葉をグループのミッションとし、その世界観を打ち出している。

ヴィスバーデンにあるヘンケル本社&セラー

 

トレンドセッターとしてのヘンケル

時代によって変わりゆく市場のトレンドやニーズに対応し、どう商機を掴んでいくのか? スパークリングワインにおけるイージー・ドリンキングの波は、ヘンケルの働きかけのみで起こったムーブメントではないが、貢献したことは確かだという。昔はスパークリングワインのボトルを携えていると、何かお祝いでも?と聞かれた。だが、今日では日常的な嗜好品へと変わってきている。

この転換期を作ったのがプロセッコだった。ミオネットは1900 年代に既にアメリカのスーパーマーケットに投入されていたが最初の10年間は売り上げが伸びず苦戦した。が、2008年の金融危機のせいで、人々はシャンパーニュを飲む心境ではなくなり、その金額も高く感じるようになった。そうした中、手頃な価格で心地よく楽しめるミオネットはアピール力があり、消費者に大いに受け容れられた。アメリカでの成功はイギリスに飛び火し、更に世界へ。プロセッコは生活に喜びをもたらす飲み物として市場に浸透し、これが引鉄となり他のスパークリングワインにおいても同様の現象が起きた。お祝い事のように外からきっかけを与えられなくても、飲みたくなった時に能動的に手を伸ばす飲み物へと変わった。

 

1階エントランスから続く大理石の間は現在、アートギャラリー、コンサートなどのイベントホールなど多岐に亘って活用されている

ヒップなイメージを若い層にアピール

ヘンケルはこのスパークリングワイン消費のカジュアル化を、ゼクトの広告戦略にも反映している。若い層がゼクトに対して古めかしいイメージを抱いている状況を打破し、「Create your own tradition (自分自身のトラディションを作ろう)」というテーマで、ゼクトがヒップな飲み物だと印象付けようとしている。(S. Kondo)

つづきはWANDS誌2017年5月号をご覧ください。ウォンズのご購入・ご購読はこちらから

トップ画像:CEOのDr.アンドレアス・ブロケンパー

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