レポート ドイツのワイナリー 独自の道を辿る赤ワインの王国 アール & ドイツのトレンドを映す鏡 ラインヘッセン

白ワインの国、ドイツの生産地域の北部に位置する小さな地域でありながら、古くから赤ワインの銘醸地として存在感を示しているアール。ドイツ最大の栽培面積を誇り、多様な品種が栽培されているラインヘッセン。対照的な特性を持つふたつの生産地域を訪問した。

 

アール Ahr

ライン川支流のアール川沿いの峡谷にある栽培面積562haの小さな生産地域。ブドウの栽培面積は13地域の中で最も赤ワイン品種の比率が高い。2015年度の栽培面積の比率は、赤品種が83.6% で、品種別ではシュペートブルグンダー:63.9%、リースリング:8.2%、フリューブルグンダー:6.4%、畑の3分の2はシュペートブルグンダーで、6本のうち5本は赤ワインだ。

ブドウ栽培そのものは1世紀にローマ人がこの地にもたらして以来の歴史をもっているが、シュペートブルグンダーが植えられるようになったのは、17世紀、三十年戦争の後のこと。当時はまだ白ワイン同様、発酵前にプレスしていたから、ワインの色は赤みがかった淡い色で“Ahr-Bleichert(アールのブリーチ)”とよばれていた。19世紀になって初めてブドウと果皮と種と梗とを一緒に発酵させてワインの色は赤いものになった。

1928年の栽培面積に関する統計にはフリューブルグンダー:17.7ha、シュペートブルグンダー:381.8ha、ポルトギーザー:98.65ha、白品種:66.2haとの記載があるから赤は9割近いわけで、ドイツ全体では赤の比率が高まった今よりも更にインパクトのある数字だ。

川幅の狭い渓谷の急斜面あるいはテラス状の南向きの畑は、スレート土壌の高い蓄熱性により、高緯度のわりには、品質の高い赤ワインが生まれる条件が整っている。

しかし大量生産の薄い甘口ワインが席巻した1980年代、ドイツの赤ワインは軽視され、アールはケルンなど近くの大都会からの社員旅行やバスツアーが訪ねて来るディスティネーションでしかなくなった。

そんな状況に風穴を開けた人物がいた。

 

マイヤー・ネーケル Meyer-Näkel

4代目のヴェルナー・ネーケルはアールの新たな赤ワイン時代の先駆者だ。一旦就いた教職を辞して1982年に家業を継いでから、当時は主流ではなかった辛口にフォーカス。しかも、ドイツでは新樽の香りはネガティブ評価となり公的品質検査を通らなかった時代に、シュペートブルグンダーのバリック熟成に取り組む。

1987年ヴィンテージがグルメ誌「ヴィヌム」の“赤ワイン大賞” を受賞したのち、2001年にはグルメ誌「ファインシュメッカー」で、その後にドイツワインガイドブック「ゴー・ミヨ2004」で赤ワインの生産者としては初の年間最優秀ワイナリーに選ばれた。地元で追随するワイナリーが次々と現れ、アールはトップクオリティのシュペートブルグンダーの産地としての名声を取り戻す。

18haある畑は全て急斜面で時間当たりの労働力は常にハイコストとなる。ヴェルナーの娘である5代目のマイケが、9種類のシュペートブルグンダーを紹介した。

ブラン・ド・ノワールは、ドイツワイン法では黒ブドウが原料だと仕上がりが白くてもヴァイスヘルプスト扱いとなる。でもロゼ色ではなく白ワインとして売りたかったから、初ヴィンテージの1986年にはテーブルワインとしてリリースした。そんなトリッキーな経緯があって、イルジオン(イリュージョン)という名前のシンボリックなアイテム。

シュペートブルグンダー“S”のSはセレクションを意味し、古木が植えられている理想的な環境ではあるが畑名を名乗るには小さすぎる選ばれた区画からのブドウを使用した赤。セレクションという表記はワイン法上、使用できないため、ラベルにはSの一文字を記載。なんとなくドイツワイン法に対する反骨精神みたいなものを、ひと捻りしながら各所に散りばめているような印象を受け、お父さんに会ってみたくなった。(text & photo  Saori Kondo)

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トップ画像:マイヤー・ネーケルの畑

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