「麻井宇介のワイン余話」 余話。その3 伝統産地VS新興産地 〜テロワールは産地の名声を支えられるか〜⑧⑨

余話。その3

伝統産地VS新興産地 〜テロワールは産地の名声を支えられるか〜⑧

ワイン産地はいかに形成されたか。

前回はVitis viniferaが世界各地へdiffusion(拡散)していく歴史的な経過に視点をおいて考察しました。しかし、ブドウが原産地を離れて新しい開墾地へ移植されていくとき、その土地が銘醸ワインを産出する偉大な畑となるのか、平凡な並酒の産地にとどまるのか、この違いはどこから生じるのかという疑問には触れませんでした。

拡散していくブドウと、これを受容する土地。偉大な畑の誕年は、両者の出会いが祝福された関係を結ぶか否かにかかっている。この単純な説明はわかりやすくて、銘醸地というものが宿命的に定まった場所に形成されてきたのだという観念を人々に植えつけてしまったように思われます。

それは伝統産地における銘醸畑がすでに出現してしまった以後に語られるようになったせいかも知れません。その畑から凄いワインが産出しているのですから、そこは神の恩寵を受けた土地に違いないのです。ブドウはといえば、そのあたり一帯に同種のものが広く栽培されていたでありましょうから、ブドウの品種に内在するポテンシャルについては、土地の力と比べると強く意識することはなかったに違いありません。その証拠に伝統産地のつくり手が、これまで外へ向かって自分達の何を強調したかといえば、それは品種ではなく畑の固有性でありました。

あたりまえのことですが、どこへでも移しかえられる品種に自己のアイデンティティを託すことはできません。畑こそが拠って立つ基盤なのです。けれどもそれは本当に強固なものなのか。新興産地の躍進で、実はそこがぐらつき始めています。

 

新世界のワインがロンドンやニューヨークといったワイン文化の周縁に位置する大都市で認知されるようになったとき、つまり、カベルネ・ソーヴィニヨンとシャルドネによってワインづくりが文明化したとき、伝統産地特にボルドーとブルゴーニュはどう反応したでしょうか。

内側へ向かっての反応は、カリフォルニア、オーストラリアにリードされた醸造技術の巻き返しをはかることでした。伝統的、守旧的なつくりに安住していられなくなったからです。

外側、それはボルドーやブルゴーニュが優位を維持し続けなければならない海外市場のことですが、そちらに対しては「テロワール」を強く主張することでした。

新興産地が台頭する以前は、「ボルドーの赤」といえばカベルネやメルローのワイン、「ブルゴーニュの白」といえばシャルドネのワインであることが暗黙のうちに語られていて、産地名は品種の代名詞として機能していました。その実体である品種が、新興産地のワインのアイデンティティを担う事態となったとき、産地名は真の意味での実体であるブドウ畑のアイデンティティを声高に主張せざるをえなくなったのです。そして、そのとき必ずといってよいほどキーワードとして使われるのが「テロワール」という言葉です。

 

 

余話。その3

伝統産地VS新興産地 〜テロワールは産地の名声を支えられるか〜⑨

以前、銘醸畑の説明に「ミクロ・クリマ」という言葉が、いかにももっともらしく使われていました。ミクロ・クリマは実在するものであり、ブドウの成熟に少なからず影響するものですが、偉大と形容するほどのワインについて、「ミクロ・クリマのお陰だ」といえばそれですべて片付いてしまうというのは実におかしな話です。

「テロワール」にその心配がないわけではありません。しかし、いま問題となっている事柄は事情がちょっと違います。ここでは、新興産地の瞠目に値するワインに対して、伝統産地のワインが「テロワール」を語ることでアイデンティティを主張できるか、というところに論点があります。しかし、いくら「テロワール」を語ったところで、ワインはおいしくなるわけではありません。ワインがアイデンティティを主張するのは、その品質においてであり、それ以外の何物でもありません。もし伝統産地が新興産地のワインを脅威と感じるのなら、酒質そのものの評価をまず高めておかない限り、切り札に使うつもりの「テロワール」が説得力を持つことはあり得ないのです。

そしてそうなった場合、「テロワール」はワインの性格を決定づける要因として、「ミクロ・クリマ」よりも現実性があると考えられます。

 

ところで、ちょっと話がはずれますが、最近は「ミクロ・クリマ」の用語法が、いまここで使っている意味とは違って厳密になってきたようです。従来、銘醸畑などある限定された狭い地域に特異的な気象条件が存在して、それがブドウの成熟、ひいてはワインの品質と深くかかわっていると判断される場合、それを「ミクロ・クリマ」と呼んでいましたが、ミクロはもっと小さな範囲を指すようになりました。

具体的に云うと、ブドウの房の周辺の温度とか湿度、これはキャノピー・マネージメントが行われるようになって特に関心が強くなってきました。或いは 垣根の条列の方向によってブドウ樹の一本一本が受ける風や気温といったように、まさしく微細な気象を意味する言葉となったのです。

それに対して従来の「ミクロ・クリマ」は、マクロとミクロの中間、すなわち「メソ・クリマ」と呼びます。もっと端的に英語では「ブドウ畑の」という意味でsite climate、それから特定の場所についての気象ですからtopo-climateともいうようになりました。

ワイン余話 その1、その2はこちらからご覧いただけます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ピックアップ記事

2018-6-7

Number 260 of our English newsletter WANDS REVIEW

ページ上部へ戻る