ジンブーム最前線/9種のボタニカルを24時間かけて漬け込むこだわりのジン ビーフィーター マスターディスティラーがセミナー

サントリースピリッツはこのほど、ビーフィーター・ジンのマスターディスティラー、デズモンド・ペイン氏を講師に迎え、プレス向けのブランドセミナーを開催した。ペイン氏はジン業界にかかわって2017年でちょうど50年。1994年から現職に就き、創業者ジェイムス・バローのレシピ-を守り続けている。

ペイン氏は、オランダで造られていたジュネヴァジンがイギリスへと渡り、そこで純度の高いロンドン・ドライ・ジンへと発展するまでの歴史を次のように紹介した。

 

【歴史】

蒸留酒はかつて、エジプトなどにおいて薬あるいは香水としてアロマやフレーヴァーを抽出する方法として利用されていた。ヨーロッパで蒸溜という手法が行われるようになったのはおよそ500年前で、当時、水はクリーンではなく汚染された水を飲むと病気になった。ビールやワインは水より安全だということからそれ以前から広く飲まれていたが、今のようには決して美味しくはなかった。こうした問題を解決するために、蒸留酒に使われたのがジュニパーベリー(セイヨウネズの球果)だった。ジュニパーの樹自体は世界中で植生されているが、ジンに使われたのは主にウンブリアやトスカーナにあるイタリア産。東洋からの貿易船がオランダやベルギーなど北ヨーロッパの国々にジュニパーを運び、徐々に広がっていった。当時、ジュニパーは腰痛や腎臓病などあらゆる病気に対して薬効があると考えられていたからだ。1400年代にヨーロッパでペストが流行したときには、医者が使った鳥のくちばしのような形をしたマスクの内側にジュニパーを入れて予防を行ったと伝えられている。

蒸留器が発明された初期の頃、ジュニパーベリーの精油をアルコールに漬けると薬効とともに爽やかな風味が加わり飲みやすいものに変化した。これがオランダ・ジン発祥の端緒となった。

ジンがロンドンにもたらされ、ロンドン・ジンが誕生するには戦争が大きな役割を果たしたと考えられる。30年戦争(1618年~1648年)の折に、オランダ&ベルギーと同盟を結んでいた英国は防衛のために両国に派兵した。英国の兵士は、当時オランで流行っていた原初的なジュニパー・ジンになじんで、そのレシピと樽を本国に持ち帰った。また、1689年にイギリスの新しい王となったオレンジ公ウィリアム3世はもともとオランダ人であり、積極的にジンの普及を図った結果、ロンドンでも大流行することになる。

1740年の統計では、ロンドンでのジンの消費量は年間6000万ℓ。(当時のロンドンの人口は約50万人なので、一人あたり年間120リットルもジンを消費していたことになる)。ロンドンにある家庭の3分1が自家製ジンを飲んでいたという。しかし、当時のジンは粗悪品が多く、沢山の社会的な問題が発生していた。

イーストエンドの貧民街を描いた有名な線描画「ジン横町」は英国の風俗画家ウィリアム・ホバスの手になるものだが、実はこの作品は二部構成で、もう一つの「ビール街」ではビールを飲めば皆幸せになるというキャンペーンを絵画で表したもので、ホガースはビール会社からお金をもらってこの絵を描いたといわれている。その理由のひとつは、当時の王室はフランスとの戦争に必要な軍事費を賄うために大麦に課税をしていたため、ビールはジンより値段が高く一般庶民は飲めなかったという事情がある。

しかし、1860年以降、局面が変わった。ジンの消費量を抑えるためにジンの製造にライセンス制が導入され、ライセンス料として50ポンドが課された。この結果、ジン製造者数が限られ、課税に絶えるために高品質のジンを造ることが求められたのだった。

 

ペイン氏はこれに続いて、他社製品との比較試飲を行いながら、ビーフィーターの製品としての特徴について次のように語った。

 

【ビーフィーターの誕生】

ビーフィーター・ジンは1820年に誕生した。1863年に、薬剤士としてカナダから帰国したジェームス・バローが、チェルシーにあった蒸溜所を買収し、400ポンドを投じて自分のレシピ-に基づくジンを造り上げた。当時のジンは単式蒸留で造られた粗悪品が多く、ジュニパ-ベリーで香りをマスキングしていたが、バローがつくるジンは連続式蒸留器により、アルコール度数96%のナチュラルでピュアな原料を使った。彼はコーディアルやリキュールなど様々な飲み物を製造販売したが、中でも人気だったのがジンだった。

ラベルにもその肖像画が描かれている“Beefeater” は、ロンドン塔の衛士(正式名称:The Yeoman Warders)のニックネーム。王家の宝を警護する役目を担った彼らは、当時は高級食材であった牛肉を食べることができたことに由来している。

ビーフィーターはグローバルブランドのジンの中で唯一、今もなおロンドン市内で製造されているロンドン・ドライ・ジン。創業以来、ビーフィーターは多くの賞を獲得しているが、最初の受賞は1873年に開催されたロンドン万博でのメダル。2017年も11月末に開催されたIWSC でゴールドメダルを獲得したばかり。

 

【ビーフィーターの製造法の特徴】

現在、世界中には約6000 におよぶジンのブランドがあるといわれ、それぞれにフレーヴァーが異なる。その違いは、使用するボタニカルのレシピ-の違い、そして製造法の違いに由来している。

ビーフィーターでは英国産の小麦を主体に穀類を蒸溜して、アルコール度96%のニュートラルスピリッツを製成。そのスピリッツをポットスティルに入れ、ボタニカルとともに漬け込み、再度加熱して出てきた蒸溜液を香味をしっかり確認しながら取り出している。

ビーフィーターの特徴は大きく2 つある。

一つは、ボタニカルを24 時間かけてニュートラルスピリッツにスティーピング(浸漬)し、フレーヴァーがアルコールになじむようにしていること。

もう一つの特徴は、使用するボタニカルの種類。主原料のジュニパーは毎年約200種のサンプルを取り寄せ、ベストのものを4~5種類選んでブレンドしている。この他、コリアンダー、スペイン・セビリア産のセビルオレンジピール、レモンピール、アンジェリカの茎と種、リコリス、オリスの根を粉にしたもの、アーモンドの計9種類だ。ジンに使われるボタニカルの数はブランドによって4種~47種までといろいろだが、ビーフィーターではこの9種類がジェームス・バロー以来のオリジナルレシピ-で、いまも変わっていない。

ボタニカルを浸漬して再蒸溜された液はカットする判断が非常に重要であり、ビーフィーターでは全て人間の官能によって判断を行っている。製品として使われないヘッドとテイルの部分は、メーカーによってはもう一度連続式蒸溜器にもどして再利用しているところもあるが、ビーフィーターでは全て香水などの飲料以外の原料として他の業者に売却してしまう。

 

「Beafeater 24」は10 年前にペイン氏が開発した新しいプレミアムジン。“24”というネーミングは24時間かけてスティーピングするビーフィーターの特徴を表している。その一年前に日本を訪れたペイン氏は、日本で流通しているトニックウォーターが(キニーネが使われていないために)ロンドンのものに比べて苦みが弱く、日本のジントニックはやや物足りないと感じていた。そこで冷やした緑茶でジントニックを造ってみたら素晴らしい味わいになった。その組み合わせの妙に着想を得て、このビーフィーター24 には、オリジナルのボタニカル9種に日本の煎茶、中国緑茶、グレープフルーツピールを加えて造られている。後味が長く、複雑な余韻が楽しめるジンだ。

Beafeater 24 は、昨年末から、ボトルをビーフィーター伝統の赤色に変更し、他のプレミアムジンとの差別化を図っている。

このセミナーの冒頭、挨拶を行った片山勉サントリーアライドマーケティング部長は、ビーフィーターの最近の販売状況について「1~ 11月累計で約13万5000ケース、11%増と好調で、年内着地も二桁増を見込んでいる。2年前から、料飲店向けに“ジンと肉”(ジントニック)によって肉料理との相性の良さを提案してきたが、累計の取扱店はすでに5000 軒となった」と語った。(M. Yoshino)

トップ画像:自らジントニックを作ってサーヴしてくれたデズモンド・ペイン氏とブランドアンバサダーのスマイヤー・コノリーさん。コノリーさんは12月4日に日本ファイナルが開催された「ビーフィーターグローバルバーテンダーコンペティション MIXLDN」について、次のように説明した。「2011年の初回以来、年々規模が拡大し、7回目となる今年は34か国、2000名(内、日本からは100名)がエントリー。世界最大規模の競技大会となっている。今年のテーマは“Your City Mixed with London”。世界大会の優勝者は、デズモンド・ペイン氏と協力して、ビーフィーターのリミテッド・エディションを造る栄誉が与えられる」。

2018年1月号にはジンのサブ特集が掲載されています。 ウォンズのご購入・ご購読はこちらから

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