桔梗ヶ原、椀子、北信右岸と北信左岸 長野のテロワールを表現するシャトー・メルシャン

上田市丸子町の椀子ヴィンヤードで新しいワイナリー建設の準備が進んでいる。建設予定地は周囲をブドウ樹が取り巻くとびきり景観の良い場所だ。ブドウ畑の開墾当初から醸造所建設用にと目論んでとっておいたのだという。「来訪者からしばしば、『なぜここはポッカリ空いているんですか』と尋ねられることもあったけれど、適当にお茶を濁した答えしかできませんでした。でもやっと去年、社内でゴーサインが出て、公式に新ワイナリー建設を発表したので、いまはすっかり話ができるのです」と、シャトー・メルシャンのチーフ・ワインメーカー安蔵光弘が晴れ晴れとした表情で語る。安蔵光弘に長野のテロワールの特徴、シャトー・メルシャンの新しい取り組みなどを聞いた。

 

<長野ブドウの位置づけ>

10数年前まで日本ではテロワールについて語ることは、あまりありませんでした。ところがここ数年、多くの人が北信のテロワールとか、塩尻のテロワールと言い始めたように思います。長野は産地としての大きな括りだけでなくサブ・リージョン、フランス語ではスー・アペラシオンといいますが、それがはっきりしています。たとえば北信は、千曲川を挟んで右岸と左岸では個性が異なります。塩尻でも桔梗ヶ原のさらに小さなエリア、桔梗ヶ原のど真ん中に位置する平出地区(メルシャンの垣根畑がある)は、味覚にきちんとその特徴が出ています。

山梨の人からメルシャンは長野に偏っていると言われるのですが、そんなことはまったくありません。山梨と長野は、もとはともに武田信玄の領地でしたし、山梨は標高が低くて暑い、北信よりさらに暑いのです。盆地ごとにワイン産地と考えれば、山梨の甲府盆地、長野の松本平、善光寺平、佐久(上田)平という4つの盆地でメルシャンはブドウを作っています。長野に集中しているのはなく、4つの盆地で作っているという考え方です。標高は勝沼、北信、椀子、塩尻の順に高くなります。山梨と長野には行政区分としての県境がありますが、本州中央部のブドウ産地という括りでは一つのものと見てよいと思います。シャトー・メルシャンの多様性は、これらのテロワールから来ているのです。

 

<シャトー・メルシャンの産地と適品種>

まだまだ試行錯誤が続いています。北信でよいシャルドネができるのは、一応の共通認識になりつつありますが、メルシャンは北信で最も早くシャルドネをつくったパイオニアといえます。その北信でも、シャルドネの前にピノ・ノワールを作ろうしていた時期があるんです。1990年代はじめのことです。北信は古くは竜眼の産地でした。桔梗ヶ原がナイアガラ、コンコードからメルローに植え替えたように、北信は竜眼からピノ・ノワールに植え替えようとしたのです。当時の先輩たちの考えは、桔梗ヶ原はメルロー、城の平はカベルネ・ソーヴィニヨン、北信はピノ・ノワールというものだったと思います。しかし、ピノ・ノワールは苗を植えて早々にうまくいかないという結論になりました。その後に植えたのがシャルドネです。

ピノ・ノワールはメルローに比べると収穫時期の早い品種です。北半球では9月と10月のどこかでブドウは熟します。品種によって熟期の早いものと遅いものがあります。ブドウがちょうど熟すときの日本の制限要素は雨です。8月後半から台風が来る。9月には秋雨がある。そこをうまく避けることのできる品種がその土地に合っているのです。

桔梗ヶ原のメルローは10月になってから熟します。垣根は棚より熟期が遅れるので、収穫は10月10日以降、場合によっては20日近くになります。ここでは秋雨の時期をうまく外しているといえます。

産地と適品種の組み合わせは試行錯誤です。フランスでは長い歴史を経て淘汰され、良い組み合わせになっていますが、日本の場合は40年前に欧州品種はほとんど無かったわけです。だから適合すると思われる品種をいろいろ試すのです。メルシャンは秋田・大森にリースリング、ケルナー、福島・新鶴にシャルドネを栽培していますが、これも時間をかけて試してきた結果です。その中で比較的よいものが残っているわけです。

メルシャンは長野県に北信左岸、北信右岸、桔梗ヶ原、安曇野、椀子と5か所の栽培地をもっています。それぞれ標高が異なります。北信が一番暖かくて標高は400m~700mぐらい。椀子は650m前後、そして桔梗ヶ原が730mぐらい。そして新しく始める片丘は800mをこえます。片丘を含めるとメルシャンには長野で6つの個性があるわけです。

 

試行錯誤の結果、残った品種は北信ではシャルドネでした。桔梗ヶ原はいろんな品種を試したわけではないけれど、浅井さんの選んだメルローが合っていた。それは事前に林幹雄さんが試した結果をアドバイスして戴いたことが良かったのだと思います。椀子はいろんな品種を植えた中でポテンシャルがあると感じているのはシラーです。それとカベルネ・フランも良いと思います。テロワールに合った品種選びに仮説はもちろん必要ですが、結局は試行錯誤にならざるを得ません。この試行錯誤はわれわれの世代で結果を出さなくてはなりません。50年後、100年後に分かったのでは遅いのです。5年、10年のスパンで相性を判断しなければなりません。新しく産地を開拓していくところには必ずそういうフェーズがあると思います。

つづきはWANDS2018年2月号をご覧ください。ウォンズのご購入・ご購読はこちらから 紙版とあわせてデジタル版もどうぞご利用ください!

WANDSメルマガ登録

関連記事

ページ上部へ戻る