香港ブランデー事情 Brandy in Hong Kong

香港ワイン&スピリッツ・ライター・アソシエーション会長 ローニー・ラオ Ronny Lau

 

モーリス・ヘネシーが一杯すすめてくれたので、一口味見してヘネシーXOをありがとう、とお礼を言った。すると彼は当惑して私に尋ねた。どうしてXOだとわかったのか。VSOPや他の銘柄と何が違うと感じたのかと。だから私は答えた。私はミルクではなくコニャックを飲んで育ったのだと。実際のところ、そうして私はこのワイン&スピリッツの世界に入ったのだから。

モーリス・ヘネシーはヘネシー・コニャックの8代目で、彼も他のコニャックのメゾンと同様にテレビで頻繁にコマーシャルを打っていた。だから、1970年代後半から1980年代にかけて香港ではコニャックがアルコール飲料で最もプライオリティが高い酒類だった。当時、コニャックは食後ではなくディナーの最中に飲まれていた。彼らのプロモーションの成功は、おそらく「ローカリゼーション」の一言に尽きるだろう。すべてのコニャックのメゾンは中国名をもち、テレビコマーシャルでは有名な香港の映画俳優たちを起用して、活気のあるシナリオとキャッチーな謳い文句で放映していた。その結果、コニャックの売り上げは他のブランデーを引き離し、どの世代にも人気を博していた。

 

しかし、コニャックの全盛期は過ぎ去った。1990年代から宴会場で見かけるボトルはコニャックからワインに取って代わった。2008年に香港政府はアルコール度数30%未満の飲料の関税を撤廃したが、スピリッツの関税は100%に上げた。これにより高価なコニャックの価格はますます上がった。

政策の変化に対応し、コニャックのメゾンはプロモーションを削減し、ラグジュアリー市場に焦点をおいた。マーテル、レミー・マルタン、カミュはじめ、主なプレイヤーはプレステージ・クラスのマーケティングに全精力を費やした。中でも、カミュのマスターピース・コレクション、マーテルのロール・ド・ジャン・マーテル、レミー・マルタン1898、ヘネシー250などのローンチ・パーティーは、今までのワイン&スピリッツ界において最も忘れがたいイベントだった。

コニャックのイメージは、ポピュラーな飲み物から裕福な男性の暇つぶしのためのものへと変わり、若い世代には年配だけの飲み物と映るようになった。彼らが何かスピリッツのボトルを手にするとすれば、よりファッショナブルなシングル・モルト・ウイスキーやジンが好まれるようになった。香港ではウイスキー・バーとジン・バーが次々と開店したが、ブランデーに特化するバーはとても珍しい。

 

おそらくヘネシーが、手頃な価格帯のコニャックのマーケティングを諦めなかった唯一のメゾンだろう。ヘネシー・アーティストリィという名のライブ・コンサートを行い、ポップ・シンガーやロック・バンドを招いき広大な会場でパフォーマンスと行なったり、若者向けにテイラーメイドのイベントを開催したりした。より幅広い市場を開拓するために、VSOPミキサーやカクテルのベースとして使うプロモーションも行った。さらに、香港でヘネシー・アカデミーを始め、現地から代表が来てセミナーや試飲会を主催し、若い世代の消費者に対してコニャックの基礎知識を与えるなど啓蒙活動に精を出した。私もコニャックとチョコレートケーキのペアリングについてのスピーカーを任された一人だ。

つづきはWANDS 2018年3月号 ブランデー特集をご覧ください。 ウォンズのご購読・ご購入はこちらから

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