ヴィニャ・ポマールは誰もが親しめるワイン アレハンドロ・ロペス・ガルシア(ビルバイナス醸造責任者)

リオハ・アルタのアロ駅前には錚々たる名のボデガが軒を連ねている。ビルバイナスもその一つである。ビルバイナスはビルバオ人という意味で、バスクのビルバオ人が1901年に建てたものだ。現在はコドルニウ・グループがビルバイナスを所有している。ヴィニャ・ポマールはビルバイナスを代表するワインである。ディエゴ・ピニッジャが2016年にコドルニウ・グループの醸造責任者に栄転し、アレハンドロ・ロペスがビルバイナスの醸造責任者を継いだ。2月上旬、初来日したアレハンドロに輸入元・日本酒類販売で聞いた。

 

<ビルバイナスに入社するまでの経歴>

ナバラ大学で栽培を学び、リオハのログローニョで醸造学を学んだ。2003年にチリへ渡り、南部クリコの家族経営ワイナリーで、実地でワイン造りをはじめた。その後イタリア(シチリア、トレント、アルト・アディジェ)でワイン造りに関わったあと、いったんリオハに戻り、リオハ・バハのボデガに2年間勤めた。さらにカリフォルニア・ロシアンリバーのウイリアムズ・セリエムを経て、リオハ・アラベサでさらに2年間のワイン造りを経験した後、2010年、ビルバイナスの醸造チームに加わった。当時、親交のあったディエゴからオファーがあったからだ。

 

<外国でのワイン造りの経験がもたらしたもの>

いろいろと学ぶところが多かった。チリではブドウ畑の仕事をしっかりやった。当時のチリはまだ労賃が安かったが、大手ワイナリーは剪定、収穫などを手作業から少しずつ機械を取り入れていた。でも小規模のところはすべて手作業だった。イタリアでは品質にフォーカスし効率的に作業することの重要性を学んだ。カリフォルニアのブドウ畑は庭園のようだった。ピノ・ノワール造りは楽しかった。そこではチームの一員としてしっかり持ち場に責任をもって働くことが大事だと教えられた。長い時間をかけてしまったが、あちこちで経験したことが今に生きていると思う。

 

<ビルバイナスは2007年に大きく変わった>

2007年、ビルバイナスはディエゴの指揮のもと、ブドウ畑でもワイナリーでも品質の新しいフェーズを目指した。いまリオハの伝統と革新を融合させたワインになったと思う。私の加わった2010年は素晴らしいヴィンテージだったこともあって、ビルバイナスの改善が大きく前進した年だと思う。

「伝統的なリオハ」は樽熟成を6~7年間も続けていた。ワインは酸化のニュアンス、動物を連想させる香りの強いものだった。収穫時には一斉に摘み、収穫ブドウをまとめてタンクに入れて発酵させていた。

「2007年からの改革」は、樽熟成を1年半に短縮し、酸化のリスクを極力抑え、ワインの瑞々しさとフィネスを重視した。アメリカンオークは引き続き使っている。畑、区画ごとに摘み、醸造・熟成の段階までそれを維持することで、それぞれの個性がワインに反映されるようになった。

 

<アメリカンオークとコンクリート・エッグ>

どういうワインを造るか、どういうリオハを造るか。それによってアメリカンオークが重要な役目を果たすワインもある。ヴィニャ・ポマールのようにリリースしてから比較的早く飲むワイン、誰からも親しまれるワインには、アメリカンオーク由来のほのかな甘い香り、控えめなバニラの香りはとても大事な要素である。しかし、度が過ぎてはいけない。一方、フレンチオークの香りの特徴はスパイシーな要素をもたらす。これをうまく使い分けることが大事だと私は考えている。

コンクリート・エッグでワインを熟成するとブドウ由来のフルーツの香りがいっそう活きてくることが分かった。だから新たに7基のコンクリート・エッグを購入した。

 

<リオハ・アルタの2017年ヴィンテージ>

春の遅霜の被害がとても大きかったこと、ブドウの成熟期を通して暑く乾燥して果粒が小粒になったこと、この2つの要因で収穫量が40%減少した。特に白ワインの供給が厳しくなる。バルクワインの取引価格も前年比40%上昇している。ただ、品質的には素晴らしい年だと思う。

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