日本ワイン・レポート 耕作放棄地に醸造所が建ち、98WINEsが動き出した

98WINEsは今年9月に醸造免許を取得し、2018年産の甲州とマスカット・ベーリーAの仕込みを始めた。10月20日、甲州市玉宮地区福生里(ふくおり)の新築ワイナリーに平山繁之さんを訪ねた。短髪に髭をたくわえた平山さんは、仕込みの日が続いたからか表情には少し疲れがみてとれた。それでも長年の夢が実現するとあって饒舌だった。

 

平山さんはブルゴーニュでブドウ栽培と醸造を学び、メルシャンや勝沼醸造で長くワイン造りに携わった。昨年、独立して98WINEs合同会社を創業し、甲州市玉宮地区に醸造所とワインアカデミーを建て、耕作放棄地に甲州ブドウを植える計画を立てた。

 

日本ワインを取り巻く環境は大きく変わっている。古いワイナリーがある一方で、規制緩和で多数のワイナリーが新設されている。しかし、ブドウの栽培や醸造、ワイン造りの基礎を学ぶ場所が不足し、ワイン造りの本質から外れた経験不足のワイナリーが多数存在する。それでも力強い日本ワインサポーターのおかげでワインは売れる。サポーターに飽きがこないうちに解決すべき課題がたくさんある。平山さんは、日本ワインを造りながら人材育成に関わる。栽培と醸造を実地に学び、独立したい人を支援する。新しい日本のワインシーンを提案して確かなワイン消費の裾野を広げる。

もうひとつの思いは玉宮甲州の復権だ。農業従事者の高齢化が進み、耕作放棄地が確実に増えている。玉宮地区もその例にもれない。ここでも30~40年前はみな甲州を植えていた。それが巨峰に変わり、いまはシャイン・マスカット。収入が甲州の4倍になる。年配者に聞くと、かつて玉宮の甲州は粒が小さくて生食用としては勝沼より下等にみられていたという。玉宮地区福生里は標高700m、勝沼より平均気温が4℃低い。それで甲州は小粒の実をつけた。ワインには最適でも生食用には向かない。これを何とか復活させたい。

 

雑草に覆われた廃屋が取り壊され、跡地にこぢんまりした醸造所が建った。傾斜のきつい斜面を利用したグラヴィティ・フローの造りである。ブドウのレセプションが一番高いところにあって、そこから2mほど下がったところが発酵室。ここにピカピカの発酵タンク、四角いBIN などが並んでいる。しかし除梗機がない。ブドウはすべてホールバンチで仕込むという。平山さんの強いこだわりだ。

 

 

よく見ると幾つかのステンレス製発酵タンクは手つかずのままだ。2018年のブドウ生育期の気象条件は、新参ワイナリーに厳しかった。当初予定していたブドウの半分の量しか入手できなかったので、いくつかのタンクは文字通り開店休業状態である。

発酵室から緩やかなスロープが樽貯蔵室へと繋がっている。段々畑の下の段をさらに1メートルほど掘削して地下室をつくったものだ。新樽が出番を待っている。来春には短いボトリングラインが設置される。地下室の前の5~6段の階段を上がるとこぢんまりした庭があって、小さなイベントを開くスペースになっている。小学校の校庭をイメージして地元の人に作ってもらったという。一角にバーベキューのできる竈とイスとテーブルが設えてある。

地下室を挟んで反対側、つまり段々畑の上の段には、これから売店の建物を構える計画だ。セラードアだけでなくイベント用のキッチンもつくる。ここがワインと食を楽しむための場になる。

 

できたてのワインを試飲した。

①甲州樽発酵・勝沼鳥居平産 樽発酵が終盤に差し掛かった段階。アルコール分10.5%。フレッシュな酸、穏やかで丸い口当たり。少し苦味があるが、あと数日でなくなるはずだという。できるだけ亜硫酸を使わない。屋外に樽を持ち出して発酵をすすめてきた。今年の甲州は糖が上がりきらず、おいしい豊かな酸が特徴だという。

②甲州・ステンレスタンクから グレープフルーツのアロマが立ち、酸とアルコールのバランスが良い。アルコール発酵はほぼ終わったようだが、来年3月までシュール・リの状態で保管する。

③甲州・アイコニックタンクから 一番良いブドウを使った。バランスがよい。酸味が効いて爽やかな風味はブルガリア・ヨーグルトのよう。フィニッシュに微かな苦味がある。平山さんが苦味について説明する。「この苦味が甲州らしさのひとつだと思う。甲州はアロマティックなブドウだけれど、これまでは、それが十分に引きだされていない。わたしは外国人に甲州の香りは神社仏閣の匂いだと言っている」。

 

今年の仕込みは、「これまでのワイン醸造人生で一番緊張した」。タンク一本、一樽たりとも絶対に失敗作を造ってはならなかったから。生産規模の大きいワイナリーには、満足のいかないもの、企画通りに進まなかったものを集めて1 本のタンクを造るという逃げ道がある。しかしここにそんな余裕はない。しかも今年の収穫量は少なかった。

じつは平山さんは今年4 月にジョージアへでかけ、アンバーワインの造り方を見てきた。そのためのクヴェヴリ(甕)も用意してあった。けれども使えなかった。来年こそは玉宮の甲州でアンバーワインを造るという。

 

WANDS2018年11月号は「シャンパーニュ&スパークリングワイン」特集です。
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