南オーストラリアワイン紀行 バロッサ、アデレード・ヒルズ、マクラーレン・ヴェイルにみる ワイン造りのニューウエイブ

↑ 傾斜のきついスタインガーテン畑 ↑

 

ワイン・ステート」という愛称を持つ南オーストラリア州は名実ともにオーストラリアワインの中心地だ。ブドウ栽培面積の約半分がこの州に集中する。オーストラリアワインの多様性が凝縮された場所であり、冷涼気候と温暖気候、老舗の大手ブランドと次世代の小規模生産者、シングル・ヴィンヤードとマルチリージョナルといった、いくつもの対照的な要素を見つけることができる。アデレード・ヒルズ、バロッサ、マクラーレン・ヴェイルをめぐり、一見対極にあると思われる大小の生産者たちが、広い意味では同じ方向を向いているということを強く感じた。それは温暖化に向けて熱や乾燥に強い品種の選定、生活排水の再利用などにみられるように、長期的な視野に立ち、自然環境に配慮したワイン造りへのアプローチだ。

 

バロッサ・ヴァレー

「センス・オブ・コミュニティ(地元意識)」に溢れるバロッサ。オーストラリアでも長い歴史を誇るワイン産地の一つで、業界最大手から新たな小規模生産者まで、様々な生産者が共存している。オーストラリアの代表的なワイン産地の一つとして世界中に知られるバロッサだが、どこにいっても知り合いや家族に会うといった感じで、インタビュー中にも、ワインメーカーたちの家族や友人がひょっこりと顔を出したり、あるいはお店の人と顔見知りだったりということが多く、温かな雰囲気に包まれた土地柄だ。

温暖気候でオーストラリアのワイン・キャピタルとも言われる。これまで伝統的にフルボディのシラーズやグルナッシュを世界中に送り出してきたバロッサでは、今、どんな人々がどのようなワインを造っているのだろうか。

 

ジェイコブス・クリーク  Jacob’s Creek

ジェイコブス・クリークのチーフ・ワインメーカー、ダニエル・スウィンサー

  170年の歴史を持つ、オーストラリア最大手の造り手。デイリー・ユースからプレミアム・ワインまで幅広いポートフォリオを擁し、まさに世界中で愛されているブランドだ。

年間16万人以上が訪れるというジェイコブス・クリークのビジターズ・センターでは、カフェやテイスティングルーム、自家栽培のハーブや野菜を使用したレストランの他、アウトドアスペースも充実している。周囲には、見比べることができるように異なる品種のブドウが畝ごとに植えられていたり、テニスコートや子供たちが遊べるオープンスペースもあったりと、来訪者たちがブドウやワインを楽しく学び、リラックスできる空間となっている。

チーフワインメーカーのダニエル・スウィンサー氏とともにテイスティングする機会を得た。

 

 

 

「オーストラリアン・リースリングの頂点」を目指すスタインガーテン

ジェイコブス・クリークの創設者であるヨハン・グランプが、最初に造ったワインはリースリングだった。1847年、バロッサでこの品種が初めて商業用に植えられたブドウ畑がヘリテージ・ヴィンヤードだ。このヘリテージ・ヴィンヤードでは、今も残るグランプ家のコテージの横に、幾度かの植え替えを経た株仕立てのリースリングが植えられている。オーストラリアで株仕立てのリースリングは非常に珍しい。

このボトルの後ろには、実はカンガルーが昼寝をしていた

ジェイコブス・クリークのフラッグシップ・ワインの一つが、スタインガーテン・リースリングだ。ヨハンのひ孫であるコリン・グランプが、ワインを学びにヨーロッパを訪れた際、モーゼルの畑に感銘を受け、オーストラリアでも同じようにリースリングを造ろうと決めたところから始まる。そして1962年、イーデン・ヴァレーの高台に初めてリースリングが植えられたのがスタインガーテンの畑だ。

「スタインガーテン」とはドイツ語でStone Garden、つまり「石の庭」を意味する。その名のとおりいまも大きな赤茶色の岩がゴロゴロと転がった畑は急斜面に拓かれている。この地はあまりにも乾燥した固い土壌であったため、ダイナマイトを使って開墾したという。ブドウは東向きの傾斜面に植えられ朝日をしっかりと受けるが、夕方は日陰となり日差しが強い西日が避けられる。さらに涼しい風が吹きこみ、効率的に自然の恩恵を受けることができる、まさに理想的なロケーションだ。

スタインガーテンでは50年以上の樹齢を重ねたブドウも、ごくほっそりとしている。極度に乾燥した土壌と高密植度のために、この畑のブドウは決して大きくは育たないのだ。灌漑を行うこともあるが、畑のある高台まで大型タンクで水を運ぶことひとつとっても一苦労だ。フェノールを抑えるため、収穫は通常ブドウの温度が最も低くなる夜間に行われるが、傾斜のきついスタインガーテンでは機械の搬入が不可能であるため、夜間作業ができない。早朝に手作業による収穫を行う。

現在ではスタインガーテンのみでは収量が十分ではないため、ヴィンテージによってはイーデン・ヴァレーの他の畑から厳選したリースリングを足す年もある。しかし、現在リリースされている2017年産に関しては、すべてステインガーテン畑のブドウから造られている。

コリンは現役当時、オーストラリアで初めてとなるドイツ製の低温発酵機と、空気を圧で押し込め果実の溌剌さとフレッシュさを確保するプレッシャー・ファーメンターを取り入れた。こうした低温でクリーンな発酵というリースリングの製法は長い間変わっていない。これもコリンの残した、数ある功績のうちのひとつだ。コリンは今年97歳となったが、リースリングにはいまも変わらず並々ならぬ深い愛情を持っている。今もバロッサで暮らし、ごく最近、2017年と2018 年のリースリングをダニエルと共にテイスティングしたという。

オーストラリアにおけるリースリングの主流のスタイルは、残糖感が一切感じられない極辛口。英語ではしばしば「Steely(鋼のよう)」とか「Bone Dry」と表現されるシャープな酸味と切れ味がある。そのお手本のようなリースリングがスタインガーテンだ。

「これは長期熟成を見越して造ったリースリングでもあるので、できれば買ってすぐには飲まずにセラーに入れてほしいワインなんだ」と、ダン。リースリングは、オーストラリア国内でもシャルドネやソーヴィニョン・ブランほど「売れる」品種ではない。しかし、今や世界的にも最もメジャーなブランドとなったジェイコブス・クリークの成り立ちを象徴する重要なワインであり、これからもそうあり続けるのだろう。

Text & photo by フロスト結子

 

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