特集/長野ワイン サントリー 塩尻ワイナリー

昨年、サントリーは塩尻産ワインを「塩尻ワイナリー」シリーズとして、ラベルを一新した。2015年から塩尻駐在となった篠田健太郎所長を訪ね、外観だけではなく進化した塩尻ワイナリーはもちろんのこと、塩尻そのものについても話を聞いた。

 

改革

創業は1936年と古く、翌年建てられた樽貯蔵庫もまだ現役だが、醸造所は2013年に設備を全面入替えした。畑のサイズに合わせて仕込みができる小ぶりなステンレスタンクがいくつも並んでいる。季節はずれで見られなかったが、選果台は房用と粒選り用の2台体制になった。

「ブドウの種類や状態によって、選果のスピードも異なる。梗からはずれやすいものがあれば、粒が密着しているものもある」と、篠田健太郎所長は言う。2011年から登美の丘ワイナリーとの掛け持ちで塩尻ワインも造っていたが、2015年からは塩尻に駐在することになった。

「2016年は9月半ばからずっと雨だったので、選果が大変だった。でも昨年は9月が安定した晴れで日較差も大きく、糖分が上がり色もとても濃くなった」。苦労の年も歓喜の年も、丹精込めて育まれたブドウを扱う身にはそれぞれの印象が深く刻まれる。

塩尻のワイン造りを手がけるようになってから、それまでの欠点だと思われる点を改めてきた。設備の一新もそのひとつだが、品種特性を引き出すための手立ても講じた。

例えばマスカット・ベーリーAについては、濾過を変えた。果皮が厚く果皮の裏にゼラチン質があるため、濾過器が詰まりやすい。その上、濾過しすぎると薄っぺらくなってしまう。ベーリーAの種は早い時期からナッツのようなカリッとした食感になるから、乾いたタンニンが残る心配がない。しかしタンニンが少ない分、それを補う旨味を残す必要があると判断したからだ。

 

古き時代

年季の入った半地下の樽貯蔵庫に入った。かつて赤玉ポートワイン(現在の赤玉スイートワイン)の原料基地だった頃の名残の場所だ。寿屋が塩尻市に誘致されたことで、地元のブドウ栽培が盛んになった。

今の契約栽培家の大半はその当時からの付き合いで、すでに2代目、3代目だ。東京オリンピックを境に、本格的なテーブルワインの需要が高まったため、品種の切り替えが進んだ。「コンコードやナイアガラをメインにしている人はもう少数で、半々の人もいれば、ほぼ100%切り替えた人もいて、それぞれ」だという。

貯蔵庫には228ℓのブルゴーニュ樽と、少し大きめの樽が置かれていた。後者は、ウイスキー用の樽を製造しているサントリーの子会社に「ワイン用の樽に一番近づけてほしい」と注文したミズナラ材樽だ。容量は250〜260ℓで仕上がってきた。試してみると「マスカット・ベーリーAと一番相性がよかった。ココナッツや白檀のような香りが個性的で、ベーリーAの赤系果実の甘い香りとちょうどよく合った」。木目が少し粗いため、酸素透過性はよいが、液体が漏れやすいのが玉に瑕だという。

 

塩尻の気質

 塩尻では、明治23年・1890年からブドウ栽培が始まったとされている。江戸時代は原野だったという。理由は、地下水位が低く100mも下にあるからだった。明治に入り養蚕のために桑畑になり、その後多くの品種が試された。そして、数名の入植者により徐々にブドウ畑が増えていった。当時は、生食用として東京や大阪に出荷されていたが、果皮が薄いブドウは輸送途中で潰れてしまうという問題があった。(つづく)(Y. Nagoshi)

トップ画像:篠田健太郎所長

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