カサ・シルヴァがようやく日本にやってきた。チリのコルチャグア・ヴァレーをよく知る人なら、あるいはカルメネールの愛好家なら誰もが待ち望んだワインである。カサ・シルヴァは歴史的にみても地理的な意味でも、コルチャグア・ヴァレーのすべてを表現できる唯一の造り手と言えるだろう。
プレミアムワイン産地コルチャグアには世界に名を馳せるワイナリーが数多く集積しているが、その中でなぜカサ・シルヴァが唯一の存在なのか。それはシルヴァ家の所有するサンフェルナンドのアンゴストゥラ農園が20世紀初めに拓かれたコルチャグア最古の名園であること、もうひとつはカサ・シルヴァが近年、コルチャグア・アンデスのロス・リンゲスと、太平洋岸のコルチャグア・コスタのパレドネスに広大なブドウ畑を拓き、コルチャグア・ヴァレー全域に自社畑を所有して、そのテロワールを表現したワインを造っているからだ。
<プレミアムワインの産地、コルチャグア>
チリのブドウ産地で広く世界に知られているのはマイポ・ヴァレーである。マイポは首都サンティアゴの周辺にあり、古い歴史を誇る大手ワイナリーが集まっている。そのマイポに次ぐのがコルチャグア・ヴァレーで、ここは新興のプレミアム・ワイナリーの多いことが特徴だ。
コルチャグア・ヴァレーはサンティアゴの南、およそ130kmにある。車で向かうと左にアンデスの山並みを見ながらのドライブだが、ついぞ右手に太平洋を望むことはない。海岸山地が遮っているからだ。およそ2時間のドライブでサンフェルナンドに到着する。サンフェルナンドはコルチャグア・ヴァレーの玄関口だ。
チリのブドウ畑は一般に、南北に連なるアンデス山脈と不規則ながらこれまたほぼ南北に伸びる海岸山地という二つの山脈に挟まれ南北に広がるセントラルヴァレーにある。ところがコルチャグア・ヴァレーは例外で、南北の谷間ではなく、アンデス山脈から太平洋へと流れるティングイリリカ川に沿った東西120kmに伸びる谷間である。海岸山地の一部がこの地域では海から離れて内陸に入り込み、ほぼ東西に連なる丘陵を形成しているからだ。アパルタ畑やロス・ロブレス畑はその南向き斜面に拓かれたものである。
チリの他のワイン産地と同様に、コルチャグア・ヴァレーが今日的なレベルでブドウを栽培しワインを造るようになったのは1980年代になってからである。もちろん19世紀半ばにボルドーから持ち込まれたブドウ樹はここでも栽培されていた。そのパイオニアと呼ばれるのは先述したカサ・シルヴァのアンゴストゥラ農園や、サンタクルスのサンカルロス・デ・クナコ農園である。
1980年代に至るまで、コルチャグアのブドウ農家は専らブドウのままで(一部はバルクワインとして)マイポの大手ワイナリーに供給するばかりだった。シルヴァ家も1996年まではバルクワインを生産して他のワイナリーに売却していた。
コルチャグアの優れた栽培環境を評価したボルドーのロッチルド(ラフィット)が、カニェテンに投資して合弁事業をはじめたのは1988年のこと。これが大きな転機になって1990年代にコルチャグアが変貌した。シルヴァ家をはじめとする栽培家が自らのラベルでワインを売り始めたのである。さらにフランス、カナダ、カリフォルニアなどの出資したワイナリーが建ち、マイポやクリコのワイナリーも競ってコルチャグアのブドウ畑を購入した。
<コルチャグア・コスタのパレドネス畑>
海岸山地の松林の中に拓いたパレドネス畑は太平洋からわずか5km。マウレのエンペドラドやアコンカグアのサパヤル、サン・アントニオなどと同じ海風が直接吹き込んでくる条件下にある。森林など周囲の自然環境を保存したまま50haに2008年から2011年にかけてブドウ樹を植えた。
畑はうねっており50haの中に100mの標高差がある。ソーヴィニヨン・ブランの植栽面積が最も多く、1103P台木に接木している。他にはピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・グリ、シャルドネ、シラーがある。
土壌はバトリトと呼ばれるマグマが噴出してゆっくり冷えたものだ。それが長い年月で崩積した。クオーツを多く含み、シスト(ラス・ピサラス、粘板岩)の多く含む区画もある。ラス・ピサラスの区画にはシラーを植えている。
降水量は500mmだが、海からの湿気が多く霧もかかる。遅霜の被害も多い。パレドネスのブドウは、塩分のミネラリティが強く感じられる「クール・コースト」に使っている。
<カサ・シルヴァ クール・コースト ピノ・ノワール 2015>
チェリー、ザクロなど赤い果実のアロマにほんのり煙のニュアンスがある。口中には膨らみと複雑味が感じられ、瑞々しくて、後口にほんのり塩分のミネラルがある。(K. Bansho)
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