ネッビオーロ・プリマ 2017 & グランディ・ランゲ Ⅲ  Nebbiolo Prima 2017 & Grandi Langhe DOCG Ⅲ edition

昨年まで5月初旬に行われていたジャーナリスト向けのプリムール試飲会「ネッビオーロ・プリマ」が、今年は4月初旬となりディストリビューター向けの試飲会「グランディ・ランゲ」と合体する形で催された。前者の参加者は例年より減少していたが、後者については22カ国から1000名以上の参加で、生産者は240を超えていた。3日間の間に、バローロ、バルバレスコ、ロエロ、だけでなく、アルバ、ランゲ、ドリアーニなど多彩なワインを試飲でき生産者とも対面できるグランディ・ランゲは大忙しだが大変活気のあるイベントだった。この間に試飲したワインと訪問したワイナリーについてレポートする。

「ネッビオーロ・プリマ」「グランディ・ランゲ」のレポートにつきましては、WANDS 2017年7&8月合併号をご覧ください。 ウォンズのご購入・ご購読はこちらから

 

訪問ワイナリー1

ポデリ・コッラ Poderi Colla

 

ティノ・コッラ ブリッコ・デル・ドラーゴの丘の林にて

アルバでの宿泊先「ホテル カリサーノ」に、ティノ・コッラが迎えに来てくれた。車に乗ってすぐに「ホテルの名の由来を知っているか?」と尋ねてきた。カリサーノは、19世紀後半にワイナリーを興した人物で、1920〜30年代にかけてランゲで最大規模だったという。ティノは、この地域の歴史を忘れてはならないと考えている。過去からの積み重ねがあっての現在だからだ。家族の歴史についてはもちろんのこと、それ以上にこの土地について語ったティノの言葉を書き留める。

 

<葡萄栽培とともにある生活>

今春購入したばかりだという2haの畑は、マドンナ・コモという場所にあった。ポデリ・コッラのフラッグシップであるブリッコ・デル・ドラーゴを生むエステイト、カシーナ・ドラーゴを臨む位置にある。いずれもアルバ地区内だ。南向き斜面の畑の頂きには、小さな祈りの塔がしつらえられていた。

「こうして畑の中には祈りの場所が古くからある。畑で働く人々にとって、ワインはお金を得るだけの目的ではなく、この土地の生活や歴史と深く結びついている証だ」。

丘の向こうに見えるカシーナ・ドラーゴの敷地は、1721年からずっとデジャコミ家が代々継承してきた。その頂にある畑ブリッコ・デル・ドラーゴには、当時からドルチェットが植えられていた。その理由を尋ねたが「わからない」と言う。ただ、結果が最高だから他の品種に植え替えるつもりはない。

「今の人は売れる品種を植える。しかし昔はスマートフォンもないから、考える時間があった。だからそれぞれの土地に合わせて品種を選んで植えたのだ。真実を知るには時間がかかる。最近の人たちは、どこへ行くとも知らずに皆走っているように見える」。

もともとランゲは貧しい土地で、葡萄やワインの販売する時期は決まっている。だから、どこの家でも養蚕をして家計を補っていた。しかし、19世紀末のオイディウムやフィロキセラの危機の後、コッラ一族は残ったが、生活の糧を失った多くの人がこの地を離れた。アルゼンチンへ移住したイタリア人の20%はピエモンテ出身なのはそのせいだ。

 

ブリッコ・デル・ドラーゴの急斜面な畑

<プルノットからポデリ・コッラへ>

ティノには19歳年上の兄がいる。ベッペ・コッラだ。1956年にアルフレッド・プルノットを購入し、当初はネッビオーロのロゼやアスティ・スプマンテを造っていたが、次第にバローロをはじめとする赤ワインで名声を築き始めた。ベッペはこの地域のDOCやDOCGの制定にも尽力した人物であり、単一畑のバローロを同じ年に生み出した最初の2名のうちのひとりだ。

コッラ一族が、ルチアーノ・デジャコミからカシーナ・ドラーゴを購入したのは、ちょうどプルノットをアンティノーリに売却した1994年のことだった。ベッペは、長年懇意にしている薬剤師のルチアーノがオフ・タイムに畑の手入れをしたり、ワイン造りをしたりする際にアドバイスをしていた。だから、継ぎ手がなかったこの丘を、歴史も自然もそのまま守ることを約束して譲り受けた。

葡萄畑だけでなく、森も管理しなければならない。樹齢250年のアーモンドの樹も残っている。購入後に3haの森の樹木の植え替えも行った。白トリュフも採れる森で、トリノ大学と相談し、地方性をと多様性を維持するためにオークや桜の種類も選抜した。

「ここにはイノシシも鹿もたくさん棲んでいる。でも葡萄が食べられてしまう被害はない。食べ物に困っていない証拠だ」。周囲の自然が豊かで完璧なバランスがとれているのだろう。畑の脇の林には赤い花がが咲いていた。この土地ならではの野生の蘭だった。

植え替え用のピノ・ノワール777

カシーナ・ドラーゴでは、カンポ・ロマーノ畑のピノ・ネロを部分的に植え替え中だった。ティノがアルバ大学を卒業するとすぐ、ブルゴーニュへ修行に出たこととも関連するが「何か他とは違う偉大なワインを造りたい」と思っていた彼らに助言をしたことがきっかけだったようだ。1970年代半ばにピノ・ノワールを、1985年にはリースリングも植樹した。ランゲの白といえばモスカートぐらいで、シリアスな白がなかったから薦めたのだという。今ではもう樹齢30年以上になった。

バローロの歴史の一部を創り出してきたコッラのバローロ・ブッシアももちろん素晴らしい。しかし、ネッビオーロだけでは語りつくせないランゲをますます面白いと感じた。

 

Campo Romano 2013 カシーナ・ドラーゴのピノ・ノワール。1994年から5%だけ新樽を使用したバリック熟成をしていたが、タンニンがもともと高くなる立地だとわかり、2009年より大樽のみ。華やかな赤い果実の香りで、ソフトな口当たり。なめらかなアタックで酸はフレッシュだがそれほど高く感じない。タンニンは豊かだが細やかで馴染んでいる。

Bricco del Drago 2013 ドルチェットにネッビオーロ15%ブレンド。1961年にはドルチェットだけだったが、1969年からフィネスと与えるためにネッビオーロをブレンドし始めた。まだ香りは閉じているが、凝縮感と上品さが伺える。厚みがあり一見穏やかだが、集中力がありタンニンも豊か。バランス感覚が秀逸。しばらく置いておきたい。(Y. Nagoshi)

トップ画像:プルノット時代のボトルから、ずらりと並ぶコッラ家の作品

他の訪問ワイナリー「パッリャディーノ Palladino」「カ・ヴィオラ Ca’Viola」につきましては、WANDS 2017年7&8月合併号をご覧ください。 ウォンズのご購入・ご購読はこちらから

 

 

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