ペリエ ジュエの真髄 グラン ブリュットができるまで 〜畑から食卓まで〜

1811年創業で200年以上の歴史あるメゾン「ペリエ ジュエ」は、その優雅さとエレガンスの極み「ベル エポック」で知られるが、一番の顔である「グラン ブリュット」においても共通したアスペクトを感じとることができる。エレガントでフローラルな「グラン ブリュット」ができあがるまでの行程を、最高醸造責任者エルヴェ・デシャンに聞いた。

 

その1 グラン ブリュットのベースとなる葡萄

<ペリエ ジュエの葡萄へのこだわり>

ペリエ ジュエが辛口シャンパーニュの先駆けだった、ということをご存知だろうか。それは、1846年のこと。当時は、ネクターのように甘いシャンパーニュが巷ではもてはやされ、シャンパーニュはデザートとして楽しまれていた。ところが、ペリエ ジュエの上客のひとつだったイギリスから、辛口タイプを所望されたのだ。

シャルドネの聖地コート・デ・ブラン

シャルドネの聖地コート・デ・ブラン

「当時イギリスでは、インドから持ち帰ったスパイスを多用した料理を食べ始めていた。それに合わせて飲む辛口のシャンパーニュを求められ、ペリエ ジュエで造り始めた。それでもドザージュは20g/lまでだから今のブリュットの倍以上あるが、当時としては辛口だった。同時に、多量の糖分添加はある意味で欠点をマスキングする行為でもあるから、それをやめてみよう、という試みでもあった」と、ペリエ・ジュエ200年の歴史の中で、1993年に7代目最高醸造責任者に就任したエルヴェ・デシャンは言う。

 

 

コート・デ・ブランのクラマンに30ha以上の自社畑を有している

コート・デ・ブランのクラマンに30ha以上の自社畑を有している

「そして、より質の高いシャンパーニュを造るために葡萄畑を買おうと決めた」。まず、シャルドネの特級畑が連なるコート・デ・ブラン地区では、クラマンとアヴィーズに。そしてモンターニュ・ド・ランス地区では、ピノ・ノワールの特級畑のアイ、マイィに。これらは、今でもペリエ ジュエにとって核となるクリュであり続けている。

「ペリエ ジュエは、シャンパーニュを造るためのワインの品質にこだわり始めたパイオニアのひとつだ」と、エルヴェ・デシャンは確信している。

 

 

<白いアスペクト>

flower 「ベル エポック」と同様に「グラン ブリュット」でも、「白い花の香りとエレガンス」がペリエ ジュエの特徴のひとつで、この表情を精緻に描くために欠かせないのが、上質なシャルドネの存在だ。最初に自社畑として購入した畑でもある「白い花の香りがとても豊かなクラマン、ミネラル感やグレープフルーツと白い花が香るアヴィーズ」は、その筆頭となる。

もちろん、契約栽培家からも葡萄を購入している。その他に、いくつかのシャルドネの大切なクリュについて教えてもらった。コート・デ・ブランの特級シュイィは、黄色い柑橘類のアロマが魅力的で丸みもある。ヴェルテュはパイナップルやグレープフルーツなどのエキゾチックな果実の香りが特徴的。メニルはストラクチャーがはっきりとしている。その他にセザンヌや、若い産地でアロマが高く酸やミネラルは穏やかなヴィトリィ・ル・フランソワも注目している供給源だ。

「基本的には5年契約だが、60年以上契約し続けている家族も多い」。世代を越えたつき合いなのだ。彼らの葡萄がワインに仕上がった後、瓶詰めする前に共に試飲をすることにしている。ワインを目の前にしてコミュニケーションをとることで、ペリエ ジュエのグラン ブリュットを造るためにどのような葡萄を求めているのか、理解を深めてもらうためだ。彼らにとって、葡萄栽培は生活の糧でもあるが、同時にペリエ ジュエのために丹精込めて育てることがひとつの誇りでもある。

「情熱をシェアすることがとても重要だと考えている」と、エルヴェ・デシャン。合計300名ほどの人々と、葡萄、ワイン、シャンパーニュについて、品質からマーケットのことまで、多くの情報を交換し、わかち合い続けている。(Y. Nagoshi)

(一部画像提供/輸入元:ペルノ・リカール・ジャパン)

「ペリエ ジュエの真髄 グラン ブリュットができるまで 〜畑から食卓まで〜」は、5回シリーズです。

その1 グラン ブリュットのベースとなる葡萄

その2 グラン ブリュットを創り出す技術と感性

その3 酵母のマジックと仕上げのスパイス

その4 グラン ブリュットのあるべき姿とその継承

その5 食卓にてグラン ブリュットに華やぎを

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