カリフォルニア「リトライ」のテッド・レモン氏が語るバイオダイナミクス農法

2時間で、自分のワインのことを語ったのはほんの数分。残り時間はすべてバイオダイナミクスについて、という異例の試飲セミナーを行ったテッド・レモン氏

2時間で、自分のワインのことを語ったのはほんの数分。残り時間はすべてバイオダイナミクスについて、という異例の試飲セミナーを行ったテッド・レモン氏

カリフォルニアのエレガントなピノ・ノワールとシャルドネに特化した「リトライ」のテッド・レモン氏が来日し、バイオダイナミクス農法が生まれた経緯、そして現状について語った。

 

「90年代の終わりに、何となくフラストレーションを感じた。畑に肥料を与えれば与えるほど、足りない気がした」。その結果、ちがう農法を探し始め、昔ながらの農法であるバイオダイナミクスに到達した。現在、自社畑と契約畑合わせて80%がバイオダイナミクス、90%が有機栽培、残り10%は従来法だ。

 

1)西洋の農業の変化

狩猟採集民だった当時、人類は1万種類の多様な動植物を食べて生きていた。

遊牧民の世界が始まり、次に種を集めて翌年のために種を撒き翌年また同じ場所へ戻ってくる生活となり、数千年続いた

その後、定住の概念が生まれた。この段階では、物々交換によって外部から得る物も内で作るものも最小限にとどまっていた。10年間畑を休耕地にするなど畑への人間の関与は最小限で、最大限に資源を再利用していた。

17世紀に農業革命が起こった。例えば、草食動物を草原で飼うと土地が豊かになるとわかり、豆植物で窒素を土壌に戻すことを意識的に行うようになった。

外部から入るものも出ていく生産物も少し増えた。ただ、囲いの中で家畜を飼い糞を集め堆肥をつくるなど、土地の再生は最大限に行われた。目標は変わらず生き残ること。

ついに、産業革命が起こった。科学の力が表に出ると同時に、人間と霊的なものの関係が薄れてしまった。肥料は窒素・リン酸・カリとうい考え方。他の仕事を得るために、人が農場を離れた。生産量が、品質と多様性に取って代わった。フランスでは、19世紀末には3,600種類のリンゴが存在していたが、1950年までに200種類に減ってしまった。

ページ:

1

2

関連記事

ページ上部へ戻る