宝ホールディングスが創業の地に 歴史記念館 竣工

宝ホールディングスは創業の地である京都市伏見区竹中町に、歴史記念館を竣工し、3月23 日に開館した。創立90 周年記念事業の一環として、国内外のグループ社員を対象にした研修施設としての活用を目的としており、当面は一般公開しない予定だが、このほど報道関係者に一部を公開した。

宝グループの創業は江戸時代後期の1842年(天保13 年)、京都(当時山城国)・伏見竹中町での清酒造りから始まった。

歴史記念館では、創業から今日までの歴史や、酒類・調味料やバイオの技術を詳しく紹介している。

中尾大輔宝酒造副社長

90 周年記念行事実行委員会委員長の中尾大輔宝酒造取締役副社長は「宝グループは酒造業から始まり、バイオ事業や海外事業へと多角化してきた。グループ社員も現在4300名となり多様化・多人種化している。こうした中で、宝のアイデンティティ確立には、自らの歴史をしっかりと見直す機会をつくれる場があった方がいいだろうということで、創立90 周年事業の一環として構想から2年かけて完成させた。宝はこれまでの歴史の中で大きな失敗を2回している。1回目が1957 年に参入したタカラビール。2回目が1984 年に参入した飲料事業。こうした失敗の歴史を後世に残し、しっかりと学ぶことにより、同じ失敗を繰り返さず、チャレンジ精神を失わないようにする。ドイツのビスマルクも愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言っている。この歴史記念館では、歴史に学び、賢い企業として、将来に発展していくことを目的にしている」と語った。

エントランスホールには、宝の原点として、四方卯三郎(初代社長)から大宮庫吉(3代・5代社長)に宛てた手紙と両氏の胸像を展示。企業理念から社会貢献まで、幅広く宝グループの歴史と現在を紹介している。また、特別展示室では、歴代社長の幅広い造詣や国家・社会貢献、国民的スターとの親交など、貴重な資料を紹介。京都ゆかりの美術・芸術作品の展示ゾーンもある。

エントランスホールには、四方卯三郎(初代社長)から大宮庫吉(3代・5代社長)に宛てた手紙と両氏の胸像を展示

2階には企業史と技術の展示コーナーがあり、創業から現在に至るまでの宝グループの歩みを時代背景とともに紹介している。その中央にはガラス張りのガイダンスルームがあり、展示室全体を見渡しながら、宝グループの歴史や展示室内の各コーナーについて、映像解説を交えてガイダンスする。技術展示のメインは宝酒造とタカラバイオの歴史で成り立っている。

宝グループは京都・伏見で四方家が興した酒造業を起源としている。1905 年に寶酒造の前身となる四方合名会社を設立し、社業を率いた四方卯三郎が、当時、新式焼酎の開発者であった技師の大宮庫吉を招聘し、1916 年に自社製造した「寶焼酎」を発売するに至った経緯がある。強い絆で結ばれた二人は、その後も力を合わせ社業拡大に邁進していく。

現在では、新式焼酎の技術が最新鋭のスーパーアロスパス式蒸留機へと進化し、その技術や設備を壁面映像などで紹介。また、宝酒造の甲類焼酎は独自の貯蔵熟成酒をブレンドするこだわりのポイントなども見所のひとつだ。

タカラバイオの歴史は、日進月歩のバイオ技術の歴史とともに歩み、大きく成長していることがよく分かる。2014 年には滋賀県草津市に遺伝子・細胞プロセッシングセンターを新設し、再生・細胞医療分野への取り組みを強化。昨年3月31 日はマザーズから東証一部に上場した。再生医療の周辺産業は2050年には1.3 兆円市場に拡大するという。ミクロの世界での出来事のおもしろさが、ダイナミックな3面映像やDNA・細胞の模型展示などを通じて伝わってくる。ちなみに酒造業からバイオ事業、さらに再生医療へと発展していくきっかけになったのは、1979年、現会長大宮久氏が開発部長時代に発酵酵素から制限酵素を発見したことがきっかけという話は興味深い。

歴史記念館の音声案内では、英語、フランス語、中国語にも対応。3Fは150 名を収容できる社員用会議室と事務室となっており、当日は新入社員が3か月間の新人研修中だった。(A.Horiguchi)

 

宝ホールディングス歴史記念館

京都市伏見区竹中町609番地

敷地面積は約1600㎡(駐車場含む)、建物面積は約1000㎡(のべ床面積は約2800㎡)

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