ソーヴィニヨンや甲州には柑橘を想起させるチオール系の香りが感じられる。リースリングにはリナロールという白い花の香り、マスカット・ベーリーA にはイチゴのような香りのフラネオールが見つかっている。
これらと同じように、近年、シラーにもロタンドンという香りの成分が見つかった。このロタンドンとこれに関する研究の概要を紹介する。
シラー種の原産地はフランスのコート・デュ・ローヌだが、近年、シラーは世界の各地へ栽培地が広がっており、その栽培面積は186,000ha(2010 年)になった。1995 年時点の品種別栽培面積でシラーは35 位だったが、2010 年にはカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、アイレン、テンプラニーリョ、シャルドネに次ぐ第6 位になっている。世界的に栽培面積が伸びている人気品種である。日本でも長野県、山梨県などでシラーの栽培が始まっている。
この研究を始めるきっかけは、日本で造るシラーワインとオーストラリアのシラーズワインが全く異なるスタイルで、その違いが何に依っているのかを究明することだった。官能評価の結果、特に長野県上田市のマリコ・ヴィンヤードのシラーワインにはスパイスの香りが顕著なので、この違いはなんなのかというところからスタートした。その結果、その違いはロタンドン含有量に起因していることが分かった。
ロタンドンは2008 年にオーストラリアの研究グループが初めて明らかにした化合物で、シラーワインにスパイス類、胡椒などの特徴香をもたらす。特に冷涼な気候のもとで栽培されたシラーにはこの香りが強く出ている。
そこで日本の環境要因とシラーの栽培適正についてもう少し踏み込んで研究しようということになった。いまは少し踏み込み過ぎてロタンドンの生合成メカニズムの解明までやらせてもらっている。
日本産シラーのロタンドン含有量を調べた。山梨県産のシラーの他に甲州、マスカット・ベーリーA、カベルネ・ソーヴィニヨン、そして長野県産シラーとソーヴィニヨン・ブラン、メルローをそれぞれ分析したら、とりわけシラーにロタンドンの含有量が多く、日本のシラーでもロタンドン含有量の多いことが分かった。つまりロタンドンはシラーの品種特徴香として寄与しているのではないかという結論に至った。外国の様々な論文だけでなく日本のブドウでもそれが証明された。
ロタンドンはセスキテルペノイドという化合物の一種で、リナロールなどが属するモノテルペノイドと同じ仲間に分類でき、モノテルペノイドより分子量の大きい化合物である。これが初めてオーストラリア産シラーズから同定された。アデレードに拠点を有するオーストラリアワイン研究所(AWRI)がサウスオーストラリア及びヴィクトリア産のシラーズからみつけたものだ。
彼らはブドウだけでなく胡椒、オレガノ、タイムなどのスパイス類にもロタンドンが含有されていることを報告している。ロタンドンは力価の高い化合物で、赤ワイン1リットル中に16 ナノグラム含有されていれば、当該ワインの香りに寄与すると言われている。ロタンドンを含有するブドウ品種はシラーの他にもあり、たとえばイタリアのスキオペッティーノ、ヴェスポリーナ、オーストリアのグリューナー・フェルトリーナなどからも確認されている。
(高瀬秀樹・談:キリン株式会社R&D 本部ワイン研究所)
続き(ロタンドンの生合成メカニズムなど)につきましてはWANDS 12月号 UNCORKをご覧ください。ウォンズのご購入・ご購読はこちらから
AWRI コン・シモス講演を採録「オーストラリアのロタンドン研究」もご参考に
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