「麻井宇介のワイン余話」 余話。その2 品種を巡るパラドックス 〜カベルネとシャルドネは究極の品種なのか〜⑨&⑩

「麻井宇介のワイン余話」 余話。その2 品種を巡るパラドックス 〜カベルネとシャルドネは究極の品種なのか〜⑨

シャルドネがピノ系の品種ではないという話が一般に知られるようになったのは、おそらくペンギン・ブックスの一冊”A Book of French Wines”(1964)からではないでしょうか。著者のモートン・シャンドがこの文庫版の元版を書いたのは1928年です。そこに、彼はこう述べています。

「ブルゴーニュのすべての偉大な白ワイン、モンラッシェ、ムルソー、シャブリ、プイィ・フュイッセは、ピノ・ブラン即ちシャルドネからつくられる」

ペンギン文庫の方はシリル・レイによって監修と改訂が行われ、このくだりには脚註が次のようにほどこされています。

「シャルドネはピノ・ブランと同義の品種名とされてきたが、昨今、フランスにおける斯界の権威者、M.Levadouxは、シャルドネがピノ系統とは全く異なる品種であることを明らかにした」

念のために手許にあるワイン書の幾つかを当たってみますと、まず「シャルドネ」という名前がいつ頃から出現するのか、それを明確に記述した本は見つかりません。「ピノ」という名前の初出は1375年だとヒュー・ジョンソンの”The Story of Wine”にありますが、シャルドネについては触れていません。

サイラス・レディングの”A History and Description of Modern Wines”は19世紀の名著だそうですが、その改訂増補第3版(1851年)を見ますと、ブドウについて独立の一章を設け、各国の著名な産地のブドウ品種名を列挙しています。

彼は1812年に発行されたルクセンブルグのHervey’sカタログ(ここには223品種が登載されているとあります)や、モンペリエ植物園の560 品種などに言及していますから、当時の品種分布はかなり細かく把握していたと思われます。しかし、「Pineauとその同族の品種は、ブルゴーニュやシャンパーニュのワインを形成する。ここには18種類がある」と述べてはいるものの、シャルドネは出てきません。あるのは、pineau blanc、noir、dorè、vertです。シャルドネという呼称が一般化するのは19世紀後半以降なのだと思われます。

H・ワーナー・アレンといえば、一世代前の有名なワイン・ライターです。彼にはたくさんの著作がありますが、その一つ”The Wines of France”(1924)という本に、1820年頃までクロ・ドゥ・ヴジョ(彼はClos Vougeotとdeを抜いて書いています)の畑の白品種と黒品種の植付け割合は2:3であり、白ブドウのかなりの数量が黒ブドウと混醸されていたという記述があります。

これは、かつてのボルドーのクラレット、明るい色をした赤ワインがつくられていた事情と同じ、ということなんですね。それから100年たって、アレンが本を書いた頃には、ヴジョの畑のうち白品種の面積は12分の1に減少し、赤ワインに混醸されることも滅多にないと述べています。そして、アレンもまたブルゴーニュの偉大な白ワインは「ホワイト・ピノ即ちシャルドネ」からつくられている、と二つの名前を同一の品種として、何一つ疑っていません。シャルドネという呼称は一般化してきているのに、実態はまだ正確につかんではいないのです。

 

 

「麻井宇介のワイン余話」 余話。その2 品種を巡るパラドックス 〜カベルネとシャルドネは究極の品種なのか〜 ⑩ 

余談がちょっと長くなりました。

実は、ここで指摘しておきたいことがあったのです。それは、シャルドネがブルゴーニュで最初から輝いていた品種ではない、ということです。同じことは、ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンについても言えます。いま世界的に広がったこの二つの品種は、確かにボルドーの赤、ブルゴーニュの白の酒質によって高品質ワインの原料たるべき素質を保証されたかに見えます。そして、それ故に拡散していくのだと・・・。どうもそういう解釈では、ワインの在りようは読みきれないのではないか。漠然とですが、私はそう思っているのです。

そこで、話を本題へ戻します。

ジャンシス・ロビンソンは、さきに紹介した ”Vines, Grapes and Wines”(1986年)を上梓してからちょうど10年たった1996年、袖珍本ながらなかなか興味探い”Guide to Wine Grapes”を出版します。ここに1990年前後の世界の品種別栽培面積が掲載されています。前者の表と対比すると、1980年から10 年間に、世界のブドウ畑はどう動いたかがわかります。正確に申しますと、フランスの場合は1979年と1988年の農業センサスによっています。各国のデータに多少の時期のズレがあると思われますが、グローバルにブドウ栽培の傾向が10年間どう変化したか、ふたつの書物から見やすくまとめてみました。

「主要ブドウ品種栽培面積1980~1990推移」がそれです。

 

OIVの統計によれば全世界のブドウ栽培面積は、1980年101,040,000haから、1990年86,980,000haに減少しています。約14%、これは世界最大の栽培面積を持つスペインのブドウ畑が10年間で消滅してしまったことと等しいのです。これはワインの消費量がワイン文化圏の諸国で減少を続けているためです。

表は栽培面積の多い品種上位20傑を序列化して示しています。その面積の合計は、1980年28,140,000ha。1990年27,120,000 haです。この減少率は僅か3.6%に止まっています。淘汰は選択的に進んでいるのです。その代表的事例はクリオージャ(チリではパイス、アメリカでは ミッションと呼ばれる強健、豊産の品種)です。

栽培技術が向上して、栽培が容易であることよりも、ワインとしてすぐれたものへ、品種の交替が急激に進んだのが、この10年でありました。 そして、この流れは加速されこそすれ、鈍化したり、停滞したりすることは決してないでしょう。それは、消費構造の変化、すなわち日常ワインの衰退と高品質ワインに対する関心の高まりにも照応しています。品種間の動きを個別に見てみましょう。

この前後の余話のリンク先はこちらの「余話の余話」をご覧ください

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