マンズワインの品質主義 ソラリス、高みへのあくなき挑戦

「日本は雨が多いことや、土壌がヨーロッパとは違うことを嘆いたことはありません。その日本でしかできない素晴らしいワインを造るという志を胸に、ひたすら情熱を傾けて仕事をします。その努力に終わりはありません」(マンズワイン・ソラリス醸造責任者 島崎大)。

 

本当に久しぶりにマンズワイン小諸ワイナリーを訪ねた。辺りの様子がずいぶん変わっていた。ワイナリーの北側にバスの出入りできる入口ができ、周囲にたくさんのブドウ樹が植えられた。朝から大型バスがたくさんの観光客を乗せてやってくる。日本庭園万酔園は風格のある佇まいにますます磨きがかかっている。ただ、島崎大の穏やかな表情とソラリスにかける情熱はずっと変わらぬままだった。

 

塩尻のメルロー、北信のシャルドネ、東信のカベルネ・ソーヴィニヨンなど長野県のブドウが大いに注目を集めている。長野県は千曲川流域の小諸と上田を東信と呼び、東信地区のブドウ栽培のパイオニアがマンズワイン小諸ワイナリーだ。その開設は1973年、いまから44年前のことである。開設当初に築いた日本庭園の一角に、日本では珍しいワインの地下熟成庫を掘っている。3年前にその地下熟成庫を改修し、厨房と正餐の調度を整え、ここでワイン・パーティを開くことができるようになった。奥まった部屋の一角には善光寺ブドウを模ったシャンデリアが辺りを照らし、棚にはソラリスの年代物ボトルとワイン関連の蔵書がぎっしりと並んでいる。日本にもこういう重厚な雰囲気の空間を備えたワイナリーがあることに驚く。

 

日本庭園の向かい側にブドウ樹の見本園がある。フランス、ドイツの代表的な品種の他にマンズワインの作出した交配種を見ることができる。1981年と1986年に植えたシャルドネの畑。いまではここから5樽分の「信州小諸シャルドネ樽仕込」ができるという。マンズワイン独自のレインカット栽培法が考案されたのもこの畑からだった。

マンズワインはこの小諸でヨーロッパ品種の栽培をはじめるに当たり、協力してくれるすべての栽培農家に同じ条件で栽培品種を依頼した。栽培面積の多寡はあってもその栽培比率はシャルドネ、メルロー、信濃リースリングを一定の割合で植えてもらった。その後、それぞれの品種の栽培適性を見極めながら、メルローなどの赤品種が増えていった。小諸では早生のメルローは良く熟すけれど、カベルネ・ソーヴィニヨンは難しいと判断して植えていなかったが、「小諸のとなりの上田で栽培してみよう」という話が持ち上がった。1990年代初めのことである。

 

上田市塩田平の東山地区は、もとは南向き斜面の松林だった。それを農業公社がリンゴ、サクランボなどの果樹園として開墾した。その果樹園の一角で、2軒の農家に委託してカベルネ・ソーヴィニヨンを植えてもらったら、「このブドウがとても良かった」(島崎)。

 

後に1軒が加わり3軒で栽培する0.9haのカベルネで「東山」が造られた。日照などの気象条件もさることながら、この地の土壌は砂状粘土質、もとは森林で前作のない耕作地だったから養分がなくてすっかり痩せていた。これがブドウの栽培に幸いした。2008年以降、マンズワインは土地を借りたり購入したりしてブドウ畑を増やし、現在では合計5.6haにカベルネ・ソーヴィニヨン(4ha)とメルロー(1ha)が植えられている。

 

小諸にシャルドネとメルロー、上田にカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローの栽培適地を見つけたマンズワインは、2001年、それらのブドウで造ったプレミアムレンジのワイン群に「ソラリス」と名付けて発表し、シリーズ化することにした。そして、1987年からボルドー大学醸造学部で学び、ワイン醸造士(フランス国家資格)とボルドー大学利酒適性資格をもつ島崎大がソラリスの醸造責任者に就いた。

 

島崎が当時を振り返る。「ブドウ畑も醸造所もすべての作業がソラリスを意識したものになり考え方がすっきりしました。2002年は気候に恵まれて素晴らしい収穫でしたが、2003年は冷夏に遭いブドウもワインも難しいものになりました。まず2000年代前半は欠点を削ぎ落とすことに時間を費やしました」。

 

ソラリスのブドウは収穫から仕込みまで手作業が基本だ。近年はブドウが十分に熟すようになり糖度の高いブドウを収穫できるようになった。それにはブドウの樹齢が高くなっていることが関係している。もうひとつは独自のマンズ・レインカットをはじめとする栽培技術と経験が蓄積されたことによるものだ。レインカット栽培は樹冠をビニールで覆って雨から実を守る栽培法だ。収穫前の秋雨の時期に樹を覆うと湿気による黴の繁殖を抑えることができる。その効果は非常に大きい。たとえば雨の多かった2016年ヴィンテージにも黴や病気に罹らない健全なブドウを収穫できた。

 

レインカット栽培の樹の仕立て方は、当初は並列のリラだったが単列のコルドンやギュイヨへと変化している。そして植樹は1m(樹間)×2.2m(畝間)にして密度を上げた畑もある。東山の一区画にはさらに密植(75cm×1.5m)の自社畑50アールがあり、このカベルネ・ソーヴィニヨンの品質はすばらしいという。

 

3年前には小諸の畑の一区画(メルロー、シャルドネ)が日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会JONAから初めて有機栽培認証を取得した。このブドウで2013年からワインを仕込み始め、2014年から販売を開始した。在来農法から有機栽培に切り替えたのだが、当初思っていたほど大変な作業ではないという。それはもともとレインカット栽培なので防黴剤や除菌剤散布の必要が少なかったからだろう。この認証にはブドウ栽培だけでなくワイン製造も含まれる。

 

ワイナリーの仕事が新しい世代への移行期にある。2001年から島崎が担当してきたソラリスの醸造が、西畑徹平に引き継がれようとしている。西畑は2013年ブルゴーニュ、2014年と2015年はボルドーで研修を積んで帰国し、2016年ヴィンテージからソラリスに関わった。島崎は、「2017年は私と二人で全行程をやって、2018年からは彼に任せて見守るつもり」なのだという。

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