コート・ドールを猛追する南部のアペラシオン その① マコネ地区AOCサン・ヴェラン

コート・ドールのブドウ畑の拡張は既に限界に達し、一方でブルゴーニュワインに対する世界的な需要が年々増大し価格は上昇の一途をたどっている。このため、コート・ドールのネゴシアンや有力ドメーヌは、コート・シャロネーズやマコネに進出し、ワインを買い付けるだけでなく、ブドウ畑や収穫葡萄を買って自ら醸造に乗り出した。これが刺激となってブルゴーニュ南部のワインの質が急上昇している。ここ数年、霜害、雹害、ベト病などで少収穫の年が続いたためコート・ドールのワインのストックは底をつきブルゴーニュ南部のワインに一層注目が集まっている。コート・シャロネーズのAOCジヴリ、マコネのAOCサン・ヴェランに焦点を当てた。

 

ブルゴーニュの南に広がるマコネ地区にはサン・ヴェランの他にプイィ・フュイッセ、プイィ・ロシェ、プイィ・ヴァンゼル、ヴィレ・クレッセの5つの村名アペラシオンがある。このうちプイィ・ロシェとプイィ・ヴァンゼルは栽培面積がそれぞれ33haと53haと小さく、生産量もそれぞれ約25万本、約38万本に過ぎない。市場に出ているマコネ地区の村名アペラシオンはサン・ヴェラン(約530万本)、プイィ・フュイッセ(約570万本)、ヴィレ・クレッセ(約280万本) の3つに限られるといってよい。

 

フランスの量販店ではマコネ5村名アペラシオンのうち、サン・ヴェランの販売割合が51%と突出している。これに続くのがプイィ・フュイッセ、ヴィレ・クレッセで、プイィ・ロシェとプイィ・ヴァンゼルは合わせても2%に満たない。販売価格は2000年以降ほぼ右肩上がりだが、プイィ・フュイッセとサン・ヴェランの間にはかなりの差がある。また、サン・ヴェランの通販価格は12.5~15ユーロで、中でも10~17.5ユーロが全体の72%を占める。クリマ名を記した25ユーロを超えるボトルも6%ほどある。

 

現在、AOCサン・ヴェランに含まれる村は、1930年代にAOCプイィ・フュイッセに加わる議論があった。ところがダヴァイエ村の栽培家がプイィ・フュイッセの村名アペラシオンに加わることに強く反対し、ダヴァイエのアイデンティティを守ることに固執した。また当時、マコネ地区で白品種が植えられていたのはプイィ村、フュイッセ村の約200haで、それ以外の畑にはガメイまたはピノ・ノワールが植えられ、その販売が順調だったことも新しいアペラシオンに関心が向かなかった要因だろう。

 

マコネ地区で白ワインの生産が本格的に始まったのは1947年のことで、サン・ヴェラン、シャーヌ、シャスラ、レーヌ、サンタムールの5か村の生産家が集まり白ワイン生産家親睦会Amical des Producteur de Vin Blancが結成された。これが後のAOCサン・ヴェランの設立申請準備機関になっていった。注意したいのは、現在、AOCサン・ヴェランに含まれるダヴァイエ村がこの親睦会に加わったのは1953年のことで、プリセ村は1969年になってからだ。歴史的に見ると、南部の村がAOCサン・ヴェランの創設に立ち上がり、これに北部の2か村が遅れて加わった。これがAOCプイィ・フュイッセをはさんでAOCサン・ヴェランが南北に分かれている理由の一つだ。

 

アペラシオン創設直後の10年間はAOC サン・ヴェランを使う人は僅かで、多くの栽培家は白ワインをAOCマコンで販売していた。サン・ヴェランが本当に独立したアペラシオンとして発展したのは1980年代に入ってからだ。そして、1990年代になるとガメイやピノ・ノワールなどの赤品種を引き抜き、シャルドネを植えてAOCサン・ヴェランとして販売する動きが強まった。

 

サン・ヴェランの名声を確実なものにするために、2010年3月3日、プルミエ・クリュの認可申請書をINAOに提出した。現在はその認定基準を議論しているところだが、同時期にプルミエ・クリュ認可の申請をしたAOCプイィ・フュイッセの作業が少し先行していると言われる。(T.Matsuura)

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