甲州の新たな扉を開けた「三澤甲州2020」

ワイン用ブドウとしての甲州を、数世代に亘り追求してきた三澤家。甲州は「ヴィニフェラ」の血筋であると信じてきた3代目の三澤一雄さんから、甲州の「高貴な香り」を「これがヴィニフェラの香りだよ」と、5代目の三澤彩奈さんは幼い頃から教え込まれていたと言う。そして、「キュヴェ三澤 明野甲州」改め「三澤甲州」を11月末から発売した。甲州の潜在能力をさらに掘り下げ、新たな扉を開けた作品である。

 

「三澤甲州2020」が生まれるまで

4代目で彩奈さんの父・茂計さんが、標高が高く晴天率日本一の明野町で三澤農場を開いたのが2002年。1990年から試験栽培を繰り返していた垣根栽培を、ここで本格的に始めたのが2009年。彩奈さんが栽培醸造責任者に就いた翌年のことだった。まだ、甲州の垣根仕立てについて懐疑的な見方をする人が多かった時代だ。しかし、三澤農場の甲州はそれまでの常識を次々と塗り替えていった。

三澤家による様々な試みは、甲州というブドウ本来の力を信じてこその挑戦だったのではないだろうか。

補糖はしない、補酸もしない、シュール・リーもしない。樽熟成もほぼしない。ないない尽くしで、いわばすっぴんで勝負するようなものだ。

でも、明野の甲州はそれができる。明野の三澤農場で収穫される甲州は、房が小さく、小粒でバラ房。標高が高いので、酸度が高い。晴天率が高く、収穫量が低く、できる限り待って収穫するためブドウが凝縮していて糖度も高い。

甲州そのものの個性を尊重した「飾らないワイン造り」により、「キュヴェ三澤 明野甲州」は上品でピュアでキリッとした美しい白ワインで、世界的なワインのコンクールでも快挙を成し遂げてきた。

ところが、新作の「三澤甲州2020」はまた別の新しい姿で現れた。奥ゆかしさはそのままにして、ボディが厚くなった。しっとりなめらかなテクスチャーで、ふくよかさとキュッとした引き締まった味わいが何とも言えない。口中で柑橘類の香りにほのかにバターの要素が加わり複雑性も増した。

ちょうど「三澤甲州2020」を試飲した時に、「キュヴェ三澤 明野甲州」の2013と2015も味見した。2013年は少しドライな柑橘類の果皮や蜜に漬けたカリンのような香りがし少し熟成感が出始めて、それにより味わいが重層的になっていた。一方でとても暑い年だった2015はさらに凝縮感があり、柑橘類の果皮やバニラの香りが華やかで、厚みがあり酸もしっかりしてまだとても若々しい状態だった。

この2つのヴィンテージの現在を見ると、これから「三澤甲州2020」がどのような発展的な熟成をしていくのだろうかと、ワクワクした。

 

 

「三澤甲州2020」とは

さて、彩奈さんはどのようにしてこの新作を生んだのか。

2017年の収穫から1樽だけ試験していたと言う。温かめの場所に置くなど一定の条件が整えば、春先から自然にマロラクティック(以下、MLF)が起こる。3年間で確信がもてた。だから、2020年は望む分だけMLFをさせた。香りにも味わいにも複雑性が加わった。「三澤甲州2020」のテクニカルシートには「フレンチオークの旧樽とステンレスタンクで7か月貯蔵」とある。毎年の収穫状況によって、MLFする樽の割合を変えるということもあり、そのパーセンテージは秘密なのだと言う。

これまで、甲州はMLFが起こらない品種だとされてきた。

例えば、スペインのカバの産地ではチャレロはMLFが起こりにくい品種だと聞いた。ギリシャのサントリーニ島ではアシリティコは酸が高いがMLFは起こらないと聞いた。これらはいずれも、暑い産地のため酸はほぼ酒石酸でリンゴ酸はほぼないからMLFが起こらないのだ。しかし、なぜ甲州はMLFが起きないのか不思議に思っていた。

明野の甲州は、標高700mもの高地で栽培されているためリンゴ酸が豊かだ。それに加えてMLFが起きるに十分な栄養分があるから、一定の条件が揃えばMLFが起きるとわかったと言う。垣根仕立て、適度な水分ストレス、セレクション・マッサール、そして丁寧な管理などによって小粒で凝縮したブドウができることが、MLFによる複雑さや豊かさに繋がったのだ。

 

そして、もうひとつの試みも新たな個性に貢献している。「大地の個性の強さ」をワインに表現するために彩奈さんは畑の中で野生酵母を取り込み、酒母(ピエ・ド・キューヴ)をつくり2020年から発酵に用いた。醸造所の中で酒母をつくる、という話はよく聞くが、畑の中でとは珍しい。わざわざ税務署に免許申請して、ようやく許可を得たのだと言う。

その様子がNHKで放映されたと聞いたので探してみて、スクリーンショットを撮らせてもらった。何と、果実酒を作る時に使うガラス瓶で酒母を育てていたのだ。収穫時期の10月になると、明野の畑の気温は日中20℃まで上がっても朝方は0℃にまで下がる。それでも野生の酵母は強いので発酵し続けるのだそうだ。

 

彩奈さんは甲州の話をする時、本当に甲州が愛おしくてたまらないという表情をする。

明野の甲州の後に、祖父の一雄さんが造ったという1970年の甘口ワインを少しいただいた。スパイシーでしっとりとした甘味があった。彩奈さんが自分でワインを造るようになった時にはすでに他界されていた一雄さんと、今もしも話ができるとすれば?と尋ねると、こう伝えたいと言う。

「甲州の高貴な香りをヴィニフェラの香りだよ、と教えてくれてありがとう」。

甲州愛と家族愛が重なり合っている。

(Y. Nagoshi)

GRACE WINE

WANDSメルマガ登録

関連記事

ページ上部へ戻る