【ドイツ探訪1】ピノ・ノワールの隠れた宝石はドイツにあり

J.J. アデノイアーのテイスティングルームのステンドグラス。

 

<ドイツの生産地を巡る アール、ナーエ、モーゼル、ラインヘッセン>

1回 ピノ・ノワールの隠れた宝石はドイツにあり

日本のピノ・ノワール愛飲家にとって、ブルゴーニュワインの高騰は悩ましい。カリフォルニアの著名どころも安いわけではない。世界3番目のピノ・ノワール生産国を見逃していないか? グローバリゼーションの真逆を行く逸品を見つける楽しみがある。

取材・文 近藤さをり

 

J.J. アデノイアー

 

ドイツワイン生産地域約10万haのうち、推定500haは樹齢65年以上の自根のブドウの木が植えられている。その一部は、ドイツ屈指の赤ワイン生産地、アールに見ることができる。1800年代にこの地にもたらされたとされるシュペートブルグンダー(=ピノ・ノワール)のクローン、カステンホルツは、コンパクトで肩の張っていない小ぶりな房で、独特の風味を持つという。このカステンホルツが植えられているのは、J.J.アデノイアーが3世紀以上にわたり独占所有しているゲアカンマーという畑。ヴァルポルツハイムの北東に位置する急斜面の単一畑クロイターベルクの中にある、僅か0.68haの畑だ。その大きさはEUでも最小の登録畑と言われ、テラスの石壁と粘板岩風化土壌の蓄熱により、特別温暖な微小気候が生まれる文字どおりのホットスポットだ。

マーク・アデノイアー氏。

ゲアカンマーのセカンドラベル、クライネ・カンマーを試飲に供しながら「シュペートブルグンダーは全てフレンチオークで熟成。ライトからミディアムトーストの1~2年使用樽を使い、この土壌のスモーキーさを活かしている」と語るのは、オーナー兄弟の弟、マーク・アデノイアー氏。兄のフランク氏とその息子ティム氏との3人による意思決定でワインを造っている。輸出先はオランダが多く、ベルギーやデンマークにも。英国市場はリースリングに関心があるためピノ系品種に特化している自分たちの顧客ではないが、日本では伸びていると言う。

2021年の夏に襲った大洪水で被災し、浸水したセラーに歴史的な古樽はもうない。最新型のステンレスタンクと、複数の製樽会社からの様々なサイズバリエーションの新調された樽が並ぶ。醸造環境が変わっても、秀逸なシュペートブルグンダーを生み出す木樽の扱いのマイスターとしての評価は落としてはいない。僅かに造っているシャルドネだけでなくヴァイスブルグンダーにも、木樽を用いている。

ピノ系品種が並ぶ。左から、フレッシュでイージー・ドリンキングな「ピュリスト」シリーズからシュペートブルグンダー・ブラン・ド・ノワールとヴァイスブルグンダー。いずれも澱とのコンタクト由来のクリーミーさがある。赤ワインは、シュペートブルグンダーが5アイテム続く。エントリーレベルのアデノイアー・シュペートブルグンダーは、ややジャミーで過熟感あるチェリーフレーバー。その上のクラスのアデノイアー・No.2は、18ヶ月の樽熟成を経て力強さとエレガンスが共存する。特級クオリティのブドウを使用したアデノイアー・No.1は、チェリーのフレーバーと高い酸のストラクチャーにスモーキーかつスパイシーなニュアンスが加わり多層的。ラベルの色が違うのは、モノポールのゲアカンマーのセカンドラベル、クライネ・カンマー。ブラックチェリーやカシスなど熟したダークフルーツ、粘板岩由来のクールでスモーキーなトーン、張りのあるタンニンとハーブのテクスチャーが余韻を引き締める。ローゼンタールGG(グローセス・ゲヴェクス)はアールヴァイラーの旧市街地の上に広がる特級畑。フローラルなアロマ、フレッシュなカシスやストロベリーのフレーバーに涼やかさも加わる。最後のフリューブルグンダーは、“早熟なピノ”を表す品種名が表すとおり、シュペートブルグンダーより10日収穫早い。深みのある色調ながら、軽やかなイチゴのフレーバーが、ライトでフェミニンな印象を与える。

J.ノイスの石灰岩づくりのファサード。19世紀末の建築。

J.ノイス

赤ワイン品種の栽培面積が3割に満たないラインヘッセンの中にあって、5割が赤という赤ワインの町、インゲルハイム。ここにもヘリテージと言えるシュペートブルグンダーのクローンがある。生みの親は、J.ノイスの創設者ヨーゼフ・ノイス氏。1881年に故郷のモーゼルからこの地に来て、駅前通にワインショップを開き、その後すぐにブドウ栽培を始めた。彼の赤ワインは、すぐに国内で評価され、ひいてはパリやセントルイスの万博で賞を獲得するほどに。だが、その後、主力品種のシュペートブルグンダーがフィロキセラや病害で絶滅の危機に瀕し、地域のワイナリーはこの品種に背を向けるようになる。そこで彼は、耐病性のあるクローンの研究開発に投資し、あるひとつのクローンに至った。小さな果房と果粒が特徴で、深みのあるルビー色のワインを生み出すノイス・クローンは、品質的にも優れていると人気が出て、マサル・セレクションで広まって行った。今でもインゲルハイムの古い畑には、多く残っている。

家族経営だったこのワイナリーの事業を、マインツの起業家クリスチャン・シュミッツ氏(写真左)が引き継いだことで、ワイン造りのアプローチが変わった。ここ10余年で3人の醸造責任者がいたが、5年前にトニ・フランク氏(写真右)が参画して以来、大きく飛躍したと評価されている。一方でノイス家の偉大な歴史と伝統は継承し、ノイス・クローンのニュアンスを精度高く抽出し、セラーにはノイス家の出自であるモーゼルの伝統的な1,000ℓのフーダーが今なお並ぶ。新旧の素晴らしさを表現することに手を尽くしている。

 ラインヘッセン最大のアーチ型セラーは年間を通じて安定した室温。だが、シャルドネを発酵させる部屋は、マロラクティック発酵を促すため暖かくなるよう設定するなど、醸造工程により場所の使い分けを行い、その広さを最大限に活用している。多くの経験からの知見を活かすため、様々な会社の樽を使い、この地域に典型的な1,200ℓシュトゥックから500ℓのフレンチオークのトノーまで揃える。

2021年ヴィンテージのシュペートブルグンダー4アイテム。グリーンでハーシュな味わいにはならないよう、全て除梗しているという。左から、エントリーレベルであるグーツヴァインのムシェルカルクは、貝殻石灰という意の名のとおり、ライムストーン土壌の特徴を反映し、透明なミネラル感あり、細身でチャーミング。オルツヴァインのアルテ・レーベンは樹齢 60 年以上のブドウを使用、小ぶりの果実からの複雑なアロマと石灰土壌からのフリンティさ。樽からのロースト香も相まってレイヤーのある味わい。ホルンGGは、南西向きの夏に最も暑くなる畑で、ダークフルーツにフレッシュハーブ、カカオやエスプレッソのフレーバーが飲み心地のよさを増幅させる。パレスGGは、楽園を意味する名のとおり、ノイスの所有畑の中でも最高の畑で、日較差の大きな場所にある。石がちな石灰質土壌からのフリンティさに、レス土壌からのクリーミーさも。ラズベリーからカシスへと変化していく表現力豊かな果実味に、鮮やかな酸がエレガントさを、シルキーなタンニンが骨格を与える。GGの表示はラベルにはなく、ボトルのエンボスに。

 

シュペートブルグンダーのゆくえ

気候変動対応やサステナビリティの追及でPIWI品種など高性能の植栽が進む一方で、いまなお栽培されている古株の重要性にも目を向けたい。ドイツワインの遺伝的多様性を維持することは、未来に向けて、ある種の競争力を持つアンカーになるかもしれない。

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