第2回「日本ワイン ピノ・ノワール サミット」 日本のピノ・ノワール その産地特性、スタイルとは?

「日本ワイン ピノ・ノワール サミット」が東京・両国の国際ファッションセンターで開催された。ピノ・ノワールを愛好する人達で構成される“日本ワインピノ・ノワール実行委員会” が主催するこのイベントは昨年に続いて2回目。今年は北海道から九州までのワイナリー28社に加え、ブルゴーニュ、ニュージーランド、アメリカの造り手のワインも参加し、試飲ブースを賑わせた。

 

第1部の「ピノ・ノワール ミーティング」では、日本人醸造家ら計5人がパネラーとなり、日本におけるピノ・ノワール造りの現状と課題について語りあった。パネラーとして登壇したのは、ドメーヌ・タカヒコ(北海道・余市)の曽我貴彦、カーブドッチワイナリー(新潟・角田浜)の掛川史人、山崎ワイナリー(北海道・三笠市達布)の山崎亮一、コヤマ・ワインズ(ニュージーランド・ワイパラ)の小山竜宇、ラック・コーポレーション専務の矢野映の各氏。進行役を務めたのは石井もと子氏。

 

パネリストたちの話は、なぜピノ・ノワールを造るのかから始まった。

曽我氏が、「ピノ・ノワールが造りたくて北海道に来た。世界中どこでもワインづくりができるのになぜ北海道を選んだのかといえば、長野出身の自分は味噌汁と漬け物、そしてご飯という食生活がベースにあり、それと合うような旨みを持ち、柔らかく繊細なワインを造りたかったから。余市は寒く、積算温度は1200度と、ブルゴーニュやアルザスとほぼ同じ。しかも毎年安定して雪が降り完全に樹が隠れる利点がある。雨が多く、火山性土壌という風土のなかでこそできる日本ならではのピノを目指している」と、口火を切った。

これを受けて、「山崎家は4代続く畑作と水田農家。ワイナリーは2002年から父がスタートしたが、ピノはバッカスとともに、98年に初めて植えた。自分もピノが好きだ。現在は延べ12haの畑の中で10品種を栽培しているが、ピノは4ha とシャルドネと並んで一番作付面積が多い。三笠の地は余市より秋の気温が低く、酸が残りやすい。春から秋にかけて強い南風が吹き、雨や朝霧を吹き飛ばしてくれる。冬の積雪量は2mもあり、ブドウ樹は安心して冬を越すことができる。2008年までは熟したブドウがなかなか収穫できなかったが、それ以降は温暖化の影響もあり熟したブドウがとれるようになった。しかし、単位収量は余市の半分以下だ。樹勢を抑えることが重要だと考え、夏季剪定や選果を徹底するようにしている」と山崎氏。

新潟の掛川氏は、「ピノは95年から植栽されており、自分が入社した2003年当時、5ha の中でピノが1.2haを占めていた。個人的にピノは好きだが、リスクが大きい品種で今でも1.2haというのは作付面積として多すぎるのではないかと考えている。濱田浜は砂質土壌で品種特有の香りはきれいに出るが、味わいはライト。果実味も無い、ミネラルも無い、酸も無いという無い無いづくしのなかで模索している段階だ。グローバルスタンダードを考えるなら直ぐに止めた方が良いのだろうが、(造り手としての)心が折れるまでは、楽しみつつピノ・ノワールを造っていきたいと考えている。自分が美味しいと思うピノは軽やかで、ミルフィーユのように細かい味の層がいくつも重なっているワインだ」と、語る。

 

次のテーマは日本のピノ・ノワールに味わいのスタイルはあるか、産地ごとの違いはどうか

曽我、山崎、掛川3氏ともに、それぞれの栽培環境の違いを紹介しながらも、共通した思いは、「日本のピノのスタイルやテロワールを反映したワインとは何かを語れるのは、まだまだ先のこと」という点。クローンや台木の選定、土壌改良や栽培する場所選び、樹齢による味わいの変化、醸造法など検証していかなければならない課題が山積していることを強調する。

これに対して、1980 年代半ばからブルゴーニュワインを取り扱ってきたラック・コーポレーションの矢野氏は、ブルゴーニュでも70年代から今日に至るまでに様々なスタイルの変遷がみられ、「2000年代に入ってからはアンチ・パーカーの潮流が強く、エレガントでフィネスのあるワインこそピノ・ノワールだという認識に変わってきた。特に新しい世代の造り手達は、香りがあり、しかも飲み応えもあり、長熟するピノを求めている。昔の良さに自分達の技術と哲学を加えて造ろう、というのがたぶん今の主流ではないだろうか」と分析する。

ワイパラでワインづくりを進める小山氏は、「ピノ・ノワール造りの歴史でいえば、ニュージーランドも日本も大して変わらない。ニュージーランドのワインが本格的に輸出されるようになったのは90年代以降だが、10~15年という早いスピードで世界の市場に出て行けたのは研究機関との協力体制があったから。ニュージーランド・ワイン・グロワーズを中心に、ニュージーランド産ワインのスタイルを確立し、しかも価格性能比で負けないワインづくりをめざして、ブランドマーケティングを行ってきたのが現在に繋がっている」と語る。

ニュージーランドでも、90年代後半から2000 年代初頭にかけては、ともかくブドウを熟させ、アルコール度も14.5%と高く、果実味豊かでわかり易いワインを目指してきた。しかし、2000年代半ばからは新しい世代の造り手達が台頭し、アルコール度数は13.5%ほどに抑え、収穫も以前よりは1週間~10日ほど早くなる傾向がみられるという。(M. Yoshino)

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