フリーマーク・アビーは1886 年に設立されたワイナリーで、ナパ・ヴァレーで最も古いワイナリーのひとつである。19世紀から20世紀の変わり目に建造されたという石造りの建物が現在もそのままワイナリーとして使われているという。かつて石造りの建物の前を車で通りすぎたことはあるが、まだ訪ねたことがない。内部が改装されてどのようになっているのか興味がある。
フリーマーク・アビーを語る時、その「カベルネ・ソーヴィニヨン1969」は避けて通れない。1976年に開催された「パリスの審判」にカリフォルニア代表で出場したワインだからだ。ワインメーカーのテッド・エドワーズは約30 年間にわたってフリーマーク・アビーを造り続けている伝説の人で、彼にブドウを供給する栽培家たちも30 年間ずっと同じなのだという。パリスの審判以降、達人のタッチを加味してナパ伝説を守り続けていると言えるだろう。
そのフリーマーク・アビーからエステート・マネジャーのバリー・ドッズが来日した。それに合わせて輸入元のオルカ・インターナショナルが東京・六本木で「カベルネ・ブレンディング・セミナー」を開催した。バリー・ドッズはこのワイナリーを代表するスポークスマンとして全米各地をはじめ世界の都市を訪れて、そのワインを語り伝えている。
この日のバリー・ドッズのセミナーはたいへん興味深いものだった。それは「ナパ・ヴァレー・カベルネ・ソーヴィニヨン2015」のブレンドに使われている5 品種をそれぞれ用意し、参加者がテイスティングしたうえで自らの感覚で計量してアサンブラージュするというもの。それぞれにメスシリンダーとスポイトが与えられ、めいめいがこれはと思う量を計って最終ブレンドをつくる。子どもの頃の理科の実験宜しく、やっている当人にはワクワクする楽しさはあるが、傍目には面白くもおかしくもないはずだ。そこで、その時いったいどういうことを考えながらその作業をやっていたのかをお知らせする。
まず用意された2015 年産の5つのブレンド素材から紹介する。
①カベルネ・ソーヴィニヨン・オークヴィル・リーチ・ヴィンヤード よく熟していて強さと骨組みがしっかりしており余韻が長い。
②メルロ・アトラス・ピーク・ステージコーチ・ヴィンヤード よく熟した力強いメルロでオーク由来の要素が強く感じられる。
③カベルネ・フラン・ヨーントヴィル・ドス・リオス・ヴィンヤード 香りがスパイシーで味わいにほんのり青さを感じる。
④プティ・ヴェルド・ラザフォード・レッド・バーン・ランチ・ヴィンヤード スミレの花とスパイスの香り、がっちりした体躯できれいな酸味が後口に残る。
⑤マルベック・ヨーントヴィル・へリック・ヴィンヤード 色が濃くよく熟した果実味にあふれ甘くまろやかなタンニン。
バリー・ドッズが「フリーマーク・アビーに限らず一般にニューワールドで栽培されているボルドー品種はすべて完熟する気候のもとで栽培されている」と説明したが、まさにその通りの素材である。
この日の5 つの素材の中でいちばん興味深かったのはマルベックだった。それでこのマルベックを軸にしたブレンドをつくってみようと思った。本来はカベルネ・ソーヴィニヨンが主体になるべき作業なのだが。まあ、商品を造るわけではなくブレンド体験なのだから遊び感覚で。このマルベックを主体にすると瑞々しくてやさしく果実味にあふれたワインになるだろうと思ったが、気がかりはワインの背骨を構成する要素を何に求めるかという点だった。たぶんカベルネ・フランとカベルネ・ソーヴィニヨンを加えれば何とかなるだろうと思い、それを加えたものを味見した。ところがおいしいけれどどこか締まりのない味わいになっていた。プティ・ヴェルドを足すと何とかなるかと思って加えてみたが、さほど変化は見られない。
バリー・ドッズがやってきてその中途半端なブレンドを味見した。そして一言、「メルロを少し足してみなさい」とアドバイスをくれた。これに熟したまるいメルロを加えたところでそれほどかわり映えはしないと内心思ったのだが、言われるとおりにやってみた。するとどうだ、くだんの味わいにきりっと背筋が一本通ったではないか。なんだか狐につままれた感じがした。それでワインのブレンドは本当に難しい作業だと実感した次第。(K.Bansho)
つづきはWANDS 2018年5月号をご覧下さい。
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