イタリア産滓とりブランデー、グラッパの今日的事情

「おいしくて値段の手頃なグラッパが手に入らない」。

「このごろ全く見かけなくなった商品がある」。

なぜそうなったか。理由の一つはグラッパに含まれるメタノールだ。

 

2011年6月、厚生労働省輸入食品安全対策室はグラッパのメタノール含有量を厳しくチェックするようにと各地の検疫所に通達した。輸入アプリコット・ブランデーから規制値を上回るメタノールが検出され、製品回収される事例があったからだ。通達の内容は、「果実を原料とした蒸留酒(ぶどうにあっては絞りかすを使用したもの(例:グラッパ)に限る)について、(中略)、輸入の都度、貨物を保留の上、メタノールに係る自主検査を指導する」というもの。その結果、食品衛生法の定めるメタノール濃度の規制値(飲用グラッパは1,000ppm未満)を超えるものは輸入差し止めか製菓用に回すしかない。うまく規制値をクリアしても高額な検査料がグラッパの販売価格に上乗せされる。そういうわけで、値段が手頃のおいしいグラッパが徐々に市場から姿を消してしまったようだ。

 

メタノールのもとは果実の果皮に多く含まれるペクチンだ。ブドウはプラムやアプリコット、チェリーなどに比べるとペクチンの含有量は少ない。しかし少ないながらも果皮にはペクチンが含まれているから発酵過程で酵素が作用してごく微量のメタノールになる。そのワインを蒸留してアルコール(エタノール)濃度を上げる。それがコニャックやアルマニャックなどのブランデーだが、もとのメタノール含有量がごく微量なので蒸留しても規制値を超えることはない。ところがグラッパはヴィナッチャ(絞りかす=果皮や種)が原料だ。ヴィナッチャに水を加えて酵母をまき、アルコール発酵させたものを蒸留する。絞りかすの果皮にはペクチンが残っており、発酵途上でメタノールになって蒸留器で濃縮される。

 

さらに問題なのはグラッパ独特の蒸留器にある。一般にモルトウイスキーやコニャックは単式蒸留器を使う。グレーンウイスキーや焼酎甲類は連続式蒸留機で造る。ところがグラッパの蒸留器はカルダイア(単式蒸留器)とコロンナ(精留塔)を組み合わせたもので一回蒸留するのが一般的だ。だからその味わいは、ウイスキーでいうとモルト(単式蒸留)とグレーン(連続蒸留)を合わせたもの、いわばブレンデッド・ウイスキーのような感じだ。話をメタノールに戻すと、単式蒸留でメタノールを除去することはできないが、連続蒸留だとメタノールとエタノールの沸点の違い(65℃と78℃)を利用してメタノールだけを取り除くことができる。しかしグラッパ独特の蒸留器の場合はその中間で、どうしてもメタノールが残ってしまう。

 

2月にトレヴィーゾ県ビバーノ・ディ・ゴデガにあるボッテガ蒸留所を訪ねた。ボッテガの造るグラッパ「アレキサンダー」は、このメタノール問題を賢く解決し、しかも洗練された味わいに仕上げている。アレキサンダーは三回蒸留のグラッパである。一回目は連続式蒸留器、二回目の蒸留はアランビック(ポットスチル)、三回目はもういちど連続式蒸留器に戻す。アランビックは銅製で600ℓ容量、釜は鉄製だ。三回目の蒸留の目的はメタノールを除去すること。75℃でメタノールを蒸発させ、最終製品は限りなくメタノールのないものにしている。最終留出液を数か月間ステンレスタンクで休ませる。この休憩時間がアロマを引きだすために大事なのだという。その後、零下20℃に冷却して油分を凝固させて取り除きボトリングへと進む。

 

ヴェネチアングラスで造るボッテガの自家製ボトル

ヴェネチアングラスで造るボッテガの自家製ボトル

現地で幾つかの競合商品(グラッパ)と飲み比べたが、アレキサンダーは果実香が強く口に含むとアルコールがやわらかく丸い。時にはやわらか過ぎると感じることもあるかもしれない。ことに古くからグラッパを飲みつけている人は、もっとガツーンとくる味わいが欲しくて物足りなく感じるだろう。プロセッコの絞りかすで造ったアレキサンダーはいっそうソフトだ。辛口で複雑な味わいがある。モスカートのアレキサンダーはスパイシーで乾燥ハーブとドライフルーツ、マスカットの香りがある。余韻にもスパイスや乾燥ハーブが戻ってくる。ボッテガ社は2003年から減圧蒸留を採用している。これでモスカートなどのアロマティック品種の個性を損うことなくグラッパに取り込むことができるようになった。

 

1990年代初めまでグラッパの輸出市場はほんの小さなものだった。アルコール分が強く、往々にして火のような強さで、これといった特徴のない製品が多かったからだ。ところが1990年代に入るとグラッパに品質改良の動きが出てくる。ワインがブドウの出自、畑のテロワールに拘って品質改善を進めたように、グラッパもその原料、つまり醸造の廃棄物を慎重にていねいに扱い選ぶことで輸出市場に受容される品質ができた。品質改善は蒸留所によってさまざまだが、たとえば発酵槽に残ったヴィナッチャをフレッシュなうちに蒸留する、ブドウ品種毎に分けて蒸留し品種の個性をグラッパに反映させるなどの取り組みだ。

 

巨大なチューブに保管されたヴィナッチャ

巨大なチューブに保管されたヴィナッチャ

ボッテガ社はヴィナッチャがまだフレッシュうちに蒸留所へ運び込む。すぐに食品保存用の巨大な円筒形プラスティックバッグに入れて密閉し、ヴィナッチャを光と空気から遮断する。こうすることで酸化のリスクが少なく温度が一定に保たれ、この袋の中でヴィナッチャに残っている糖分がアルコールに転化することを促す。搾りたてのヴィナッチャは栄養が豊富でバクテリアが繁殖したり酸化したりするリスクが高い。きちんとした管理を怠ると酢酸やメタノールを生成し、製品に重大な欠陥を生んでしまう。

 

きちんと探せばおいしいグラッパはある。近く、日本でもアレキサンダーが飲めるようになるらしい。(K.B.)

画像:ボッテガ・アレキサンダー

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