- 2023-1-31
- Wine, Wines, 南アフリカ South Africa
写真/マスタークラス講師を務めた、日本ソムリエ協会副会長の石田博氏(左)とWoSA JAPANプロジェクトマネージャーの高橋佳子DipWSET。
2022年10月25日、南アフリカワイン協会(WoSA)主催の試飲商談会「DISCOVER SOUTH AFRICA TOKYO 2022」が東京で開催された。同月はじめにケープタウンで開かれた見本市「ケープ・ワイン2022」からまもなくのことだ。試飲商談会では、このツアーに参加した石田博氏(日本ソムリエ協会副会長)によるマスタークラスが開講された。アーカイブ動画はWoSAのFacebookページから現在も視聴可能。
西ケープ州のおもなワイン産地はケープ植物保護地域群の中にある。「南アフリカには9,600種の植物があり、内70%が固有品種。多様性の密度の高さは南アフリカが世界で群を抜いている。高速道路の脇に、このような豊かな植生が広がっている。ほかの国では見たことがない光景」と石田氏は現地の印象を振り返った。
以下は南アフリカのワイン産業のあり方について、石田氏がまとめた8つのキーワードである。
1. OLD YET NEW
南アフリカは17世紀からワイン造りの歴史を持つ。だが1970~90年代の人種隔離政策(アパルトヘイト)の影響により、近代的なスタイルのワイン造りが始まるのは2000年代に入ってからのことだ。この時代になって、それまでの遅れを取り戻すように、洗練された技術が一気に導入された。「ブドウ畑は古いが、働いている人は新しい。世界的にも珍しい特徴だ」と石田氏は示した。
2. SUSTAINABLE
サステナビリティは、南アフリカのワイン産業を語る上では必須のテーマだ。「同国のワイン産業の土台で、それが随所で顕著に表れている」と石田氏。「ケープ・ワイン2022」は標語が「360°サステナビリティ」であった通り、現地で開かれたセミナーはいずれもがサステナビリティに関するものばかりであった。二部制だったこのセミナーでも、サステナビリティこそ第二部のテーマだった。
3. COOL SITE
干ばつの問題もあり、南アフリカの環境は「暑くて乾燥している」という印象を持つ人も多いだろう。が、「生産者は冷涼な産地を選んでいる印象だ」と石田氏は強調する。実際、ワイン産地が集中している西ケープ州の沿岸地域は、南極発のベンゲラ海流の冷たい風の影響を受けて穏やかな海洋性気候となる。
4.OLD VINE
南アフリカでは古木(樹齢35年以上)を保護する活動(Old Vine Project)が世界的にもとくに進んでいる。古木は「南アフリカのアイデンティティとも言える」。
5.RHONE VARIETIES
石田氏は「注目すべきはローヌ系品種だった。高品質だ」と評し、今回の試飲でもローヌ系品種のワインが多く紹介された。
6.ANTIINTERVENTION
非介入のワイン造りをする生産者がよく見られる。
7.ANTIOXIDATIVE
嫌気(アンチ酸化)的なワイン造りが顕著である。「亜硫酸添加は抑えめで自然発酵のワインが多いが、生産者は酸化を徹底して防ぎ、非常にクリーンなワインを造っている」と石田氏。
8.OLD BARREL
伝統的なスタイルを守る生産者は、古樽や大樽を用い、ワインは樽由来の風味がそこまで強くない。
●ワイン産業が地球環境に及ぼす影響と課題
またサステナビリティに関して、石田氏はワイン産業が地球環境に及ぼす影響と課題を重点的に解説した。これは南アフリカに限らず、世界のワイン産業全体に関わる問題である。
①モノカルチャー農業……生物多様性の損失につながる。
②農薬……ブドウはカビが生えやすい作物のため、古くから農薬が多く散布されてきた。
③水資源……ワイン産業は、ブドウ栽培から醸造工程に至るまで、大量の水資源を消費する。「1ℓのワインを造るために少なくとも10倍以上の水が必要である。世界の多くの国々は水不足の問題を抱えながら、水を大量に使うワインを生産していると言う状況」。
④カーボン・フットプリント CFP(温室効果ガスの排出)……搾かすなどの廃棄物、ガラス瓶などの包装容器、輸送などに起因する。温室効果ガスの排出をいかに削減できるかは、水資源の保全と同じく重要課題だ。近年はガラス瓶に代わる容器(紙、缶など)も登場し、注目を集めている。
⑤人権問題……安価なワインの大量生産の現場で起こりうる、子供の労働や、劣悪な労働条件の問題。
⑥気候変動……地球温暖化によるブドウの栽培環境の変化は、世界各地で問題となっている。
「サステナビリティとは、今ある課題を率先して取り組んでいこうとする考え方。それは5年、10年、50年後もワイン産業を存続させるためである」と、石田氏は言う。南アフリカは世界でもとりわけ、この分野において意識が高い国なのだ。
●サステナビリティの多様な認証制度、サポート機関
自然の楽園を守るために、そしてそこで働く人々の暮らしを支えるために、南アフリカには、自然環境保護、人道支援活動に関するじつに様々な認証制度がある。石田氏が紹介した認証制度の例は次のとおり。
・IPW(環境と調和したワイン生産)95%の南アフリカのワインがこの認証を受けている。
・WIETA(ワイン産業倫理貿易協会)
・WWF Conversation Champion(環境保全員制度)近年のワイン産業の急速な発展とともに生まれた自然保護の推進。
・FAIRETRADE(フェアトレード)
・SA WINE INDUSTRY TRANSFORMATION UNIT(黒人経営企業の評価や開発サポート支援)
・TerraClim(気候変動の観測機関)
・Pebbles Project(子供の教育支援)
・Aware.org(アルコール問題教育啓蒙活動)
・Carbon Heroes(温室効果ガスの排出の削減に取り組む)
・Blue North(農業や食品企業を支援するコンサルティング機関)
・Cape Nature(ケープの自然に触れ、自然保護の意識向上を図る)
セミナー第一部「ベンチマーク・テイスティング」
試飲1
「ケン・フォレスター リザーヴ ソーヴィニヨン・ブラン 2020」産地:ステレンボッシュ
ケン・フォレスターはシュナン・ブランの名手。が、石田氏は「南アフリカのソーヴィニヨン・ブランは、とても良いものが多い。ベンチマークの白ブドウ品種のひとつになると思う。他国と異なる個性も認められる」とセレクト。このワインはフリーランジュースのみ使い、8か月間のシュール・リー。還元的な造り。「どこか穏やかさを感じ、洋ナシ、柑橘、カシスのつぼみやパッションフルーツの雰囲気も。南アフリカのソーヴィニヨン・ブランは熟度と落ち着きが特徴だと思う」。
試飲2
「アルヘイト・ヴィンヤーズ ノーティカル・ドーン シュナン・ブラン 2020」産地:ステレンボッシュ
1978年植樹の古木のシュナン・ブラン。古木の多くはドライファーミングで、水を多く必要としないと言う特徴がある。2,000ℓのフードル(古樽)で2か月自然発酵、シュール・リーで12か月熟成。「カリン、黄色い花、蜜蝋、硬質的なミネラル感があり、スパイスなど多層的な香りがある。アタックで果実の甘味を感じるが辛口で、しなやかな酸。フルーツフレーバーがしっかり感じられる一方で、ミネラル感が豊富なシュナン・ブランは、フランスにはない特徴」。
試飲3
「ラール・ワインズ ホワイト 2020」産地:スワートランド
ラールはフレッシュさを重視するため、早摘みをする生産者。シュナン・ブラン68%、ヴェルデホ28%、ヴィオニエ4%。亜硫酸無添加で自然発酵、フレンチオークの古樽で10か月熟成。「穏やかで落ち着きのある、黄色~グリーン系果実の香り。藁、花、スパイスの雰囲気もあり、アロマティック品種をあえて落ち着かせている印象。厚みがあり、ジューシー。引き締まった酸で、フィニッシュが一点に集まっていく。石灰質的なミネラル感で非常に余韻が長い」。
試飲4
「ノーデ オールド・ヴァイン サンソー 2015」。産地:ダーリン
ラールと同様、早摘みをする生産者。オールド・ヴァイン認証の古木のサンソー。部分的に全房発酵し、225ℓのフレンチオークの古樽で12~15か月熟成。「芳香性が高い。サンソーの魅力である華やかさが出ていて、スグリ、ラズベリーザクロ、紅茶、枯葉などのニュアンスも。スムースでフレッシュ、透明な酸味に染み入る味わい」。
試飲5
「モメント オールド・ヴァイン グルナッシュ・ノワール 2019」産地:フール・パールドバーグ
1946年植樹の古木。4日間の低温浸漬後、30%全房発酵、フレンチーク樽で16か月熟成。生産者はグルナッシュのワイン造りに長け「ピュアさとエレガントさを大事にしている」と言う。赤い色調の濃いグルナッシュ。
「イチゴやラズベリーなどきれいなフルーツの香りに、オレガノやローリエなどセイバリーハーブの香りも下支えしている。線が細いが持続性のある香りを持つ。タンニンはしなやかでジューシー。余韻が長く、フィニッシュには旨味を感じる」。
試飲6
「クレイノード テンボルスクレフ シラー 2017」産地」:ケープタウン
「今回の旅で衝撃を受けたワインの1つ」と石田氏。「このテンボルスクレフはシラーに非常に良くあった土地ではないかと、現地でも議論された」と紹介した。2001年植樹のシラー。3回に分けて選果し、11~16日間発酵、300~500ℓのフレンチオーク古樽で18か月熟成。「シラーらしいアロマティックさに加えて、緻密なフィネスを感じる。ブルーベリー、スミレ、フィンボス(南アフリカの灌木地帯)※の香り。アルコール度数14.5%ながら滑らかで、タンニンが豊富で溶け込んでいる」。
※地中海沿岸や高地の灌木地帯は「ガリーグ」と呼ばれ、ワインの香りの表現にも用いられるが、南アフリカの灌木地帯は「フィンボス」と呼ばれる。ケープ植物保護地域群には多種多様なフィンボスの植生がある。
試飲7
「デヴィッド&ナディア エルピディオス 2019」産地:スワートランド
スワートランドを代表する生産者の一社。ワインはグルナッシュ38%、シラー36%、ピノタージュ10%、カリニャン9%、サンソー7%のブレンド。グルナッシュは異なる12の畑から収穫。一部全房発酵。グルナッシュとシラーは500ℓのフレンチオーク古樽で、ピノタージュは4100ℓのフードルで熟成。「ブルーベリーやラズベリー、ローズマリーやラベンダーなどの香り。味わいはボディとストラクチャーのしっかりしたワイン。自然な味わいが感じられながらも、ブレンドならではの、厚みのあるジューシーさも感じられ、まとまりのある印象」。
試飲8
「シモンシッヒ カープス フォンケル ブリュット 2020」産地:ステレンボッシュ
南アフリカで最初のMCC(メソッド・キャップ・クラシック、瓶内二次発酵のスパークリング)生産者の一社。シャルドネ51%、ピノ・ノワール47%、ピノ・ムニエ2%。MLFは行わず20か月シュール・リー。「シャンパーニュを彷彿とさせる洗練された印象。ミネラル感とイースト香もきれいに感じられる。泡立ちはきめ細かやかで、非常にスムース。直線的に伸びるような酸があり、魅力的に仕上がっている」。
セミナー第二部「サステナブル・サウスアフリカ」
第二部において石田氏は、スライドにワインのテクニカル情報を載せる代わりに、生産者の具体的なサステナビリティの取り組み事例を紹介。南アフリカのワイナリーは、環境保全活動、人道支援活動を欠かしていない。それを当たり前の義務として捉えている。
試飲1
「グラハム・ベック キュヴェ・クライヴ 2017」。産地:ロバートソン
グラハム・ベックは南アフリカのMCCを代表する生産者。瓶内で50か月熟成したMCC。シャルドネ(ロバートソン産)60%、ピノ・ノワール(ダーバンビル産)40%。ロバートソンは”シャルドネのメッカ”と呼ばれている石灰質の豊富な土壌。ダーバンビルは冷涼なエリア。「泡がきめ細かく、緻密に広がっていく。青リンゴ、グレープフルーツ、スグリのほか、百合やライラックなど花の香りも。金属系のミネラル感もあり、シャンパーニュとも見まごうクオリティである」。
サステナビリティの取り組み:下水の再利用(1か月あたり300万ℓセーブ)、ソーラーシステムの活用、自然動植物の保護(WWF Conversation Champion)、教育、技能開発、健康、福祉における地域貢献
試飲2
「ライナカ リザーヴ ホワイト ソーヴィニヨン・ブラン 2016」。産地:ステレンボッシュ
ライナカは南アフリカで初めてデメター認証を取得した、この国のビオディナミの第一人者。ワインは全房でプレス、300ℓのフレンチオーク樽(新95%)で自然発酵。2か月シュール・リーで熟成。「グァバやパッションフルーツ、ライラックなど芳しい香りにバニラやビスケット、アイリッシュウイスキーも。酸のレベルが高く、なめらかで密度の高いワイン。穏やかながらエネルギーを秘めており、造り手の人柄を表しているようなワイン」。
サステナビリティの取り組み:コーナーストーン・プロジェクト(労働者の貧困緩和、教育、経済的自立支援)、CO2排出削減、化学肥料、燃料、輸送の削減、生物多様性の保護
試飲3
「A.A. バーデンホースト カルモスフォンテーン・レッド・ブレンド 2020」産地:スワートランド
スワートランドの立役者となった一社。家族経営で、エシカルな意識の非常に高い生産者。モノカルチャーを避けるため、ブドウ畑の周りに積極的に植樹をしている。造り手アディ・バーデンホースト氏は「孫の世代に誇れるワイン産業にしたいから」と答えたと言う。
ワインは60%全房発酵。シラー、ムールヴェードル、ティンタ・バロッカ、グルナッシュ、トゥリガ・ナショナル、サンソーのブレンド。600ℓのフードル(一部コンクリートタンク)で14か月熟成。「芳醇高く、南アフリカの灌木地帯フィンボスの香りがするワイン。花崗岩質土壌で、シラーやムールヴェードルなどの熟度が高い。これらのがっしりした品種を使用しているのに、緻密さのあるしなやかなワインになっている」。
サステナビリティの取り組み:ドライファーミング、ビオロジカル、生物多様性の保護、労働者の貧困緩和、教育、経済的自立支援、保全
全体的な南アフリカワインの品質については、石田氏は次のように評価している。「いわゆる完璧で高額なワインはないが、スタンダードのレベルのクオリティが非常に高いと感じた。また穏やかさ、緻密さ、バランスの良さにおいても、料理と合わせやすいというのも特徴であると思う」。
(N. Miyata)
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