ボルドーのシャトー・ラグランジュといえば、1983年にサントリーが購入したワイナリーでそれから今年で40年が経過しようとしている。今、シャトー・ラグランジュで最高戦略責任者兼副社長の桜井楽生氏は、二足の草鞋を履くことに決めた。英語では2つの帽子hatをかぶると言うらしいが、今風に言えば「二刀流」である。しかも、2つめの拠点は北海道なのだ。
桜井氏は、サントリー入社前からワイン事業に携わりたかったが、すぐには思い通りにはいかなかったと言う。2009年からようやく登美の丘ワイナリーに配属されワイン事業に参画。2020年からはシャトー・ラグランジュ勤務となった。ラグランジュでの仕事は「もちろんやりがいがあります!」と、桜井氏。しかし、すでに2014年から高品質なスパークリングワイン産地の可能性を、日本国内で調査し始めていた。
日本国中のデータを集め、6年かけて選んだのは北海道伊達市。伊達市は道央地方の南部に位置し、室蘭市、登別市や洞爺湖町に隣接している。北西には有珠山や昭和新山があり、南は噴火湾に面している。野菜の品質には定評があり、ザ・ウィンザーホテル 洞爺に「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」があった頃、野菜はわざわざ伊達市から仕入れていたという。少量多品種の野菜に加え、水産、酪農など魅力的な産物が揃っているようだ。
桜井氏は、降雨量の少なさに言及する。有珠山や昭和新山があるため、5月の萌芽から10月の収穫までブドウの成長期の平均降雨量は550mm。もちろん冷涼な気候で、北海道の西部にある余市町よりも気温が低いという。そして砂、礫、有珠山が江戸時代から9回も噴火して形成した火山性の土壌。水はけが良く、柔らかく、ブドウに多くのミネラル分を供給できると判断した。
また、伊達市は住みやすい気候にあり、縄文時代から人が住んでいた。明治3年(1870年)に仙台藩一門亘理領主伊達邦成とその家臣らが集団移住して開拓した場所で、北海道で最も古いお寺がある。日本を代表する写実画家が絵画教室を開いていたり、毎年夏には世界ピアニストを招いて音楽アカデミーを開催していたり、文化的な側面にも惹かれたという。将来この地が高品質スパークリングワイン産地となった時に、食や文化、風土が一体化し相乗効果を生むのではないかと思い描いている。
2021年からかつて牧草地であった場所にシャルドネとピノ・ノワールの苗木を植え始め、今年2023年に初収穫、そして2026年にスパークリングワインの初リリースを予定している。4,200本を栽培する畑の面積は1haを超えたところ。今後も徐々に拡大し2030年には5ha(ワインの本数にして2万本相当)を目標にしている。
実は伊達市と隣町の壮瞥町では2018年以降ですでに5名が新たにブドウ栽培に着手しており、まだまだ増えそうだと感じているという。
「100年後にこの周辺に1,000〜2,000haのブドウ畑が広がり、高級スパークリングワイン産地が形成されることを願っています。この地域のスパークリングワインを ”Usuzan Sparkling Wine” と名付け、シャンパーニュ、フランチャコルタやイングリッシュ・スパークリングワインのような世界に通用するブランドにしたいですね」と、桜井氏。この新たな挑戦で日本ワイン産業の発展に貢献できればと考えている。
これまでワイン用ブドウ栽培の実績がない土地での新たな試みと壮大な計画には驚きを覚える。しかし、なぜかその可能性を後押ししたいと感じる人は多いのではないだろうか。スティルワインには積算温度が足りないという。しかし、スパークリングワインには良さそうだ。世界のワイン産地を眺めると、ブドウ品種がギリギリ成熟可能なマージナルな地域からは高品質なワインが生まれている。ここもそのポテンシャルがあるのかもしれないとも思う。
桜井氏はサントリーのDNAである「やってみなはれ!」の精神を身につけた生粋の“サントリアン”と言える。サントリーが周囲からの反対を押し切って山﨑蒸留所の建設に着手してから今年でちょうど100年。桜井氏は、ワイン造りにも長い時間がかかることは百も承知だ。しかも、ゼロからの産地形成へ挑むという。ひとりではできないとわかっているから、仲間とともに事業を進めている。そして、夢をともにしたい人へ向けてファンドも募り始めた。
(Y. Nagoshi)
Ryra Vineyard & Wines(ライラ・ヴィンヤード・アンド・ワインズ)の、Ryra Supporters Club(第一期)支援者募集中。詳細はこちらまで。
最近のコメント