「麻井宇介のワイン余話」余話。その2 品種を巡るパラドックス 〜カベルネとシャルドネは究極の品種なのか〜⑪&⑫ 

「麻井宇介のワイン余話」余話。その2 品種を巡るパラドックス 〜カベルネとシャルドネは究極の品種なのか〜⑪ 

まずアイレン。この隠れた大品種は依然として第1位を保っています。スペインのほぼ中央、ラ・マンチャの乾ききった地域は旱魃に強いこの品種しか生き残れなかったのです。昔は酸化した重い白ワインよりほかになかったのですが、最近は低温発酵でフレッシュな早飲みの軽いワインがつくられるようになりました。しかし、昔からこの大量の白ワインがどうやって消費されていたのかといいますと、第一にブランデーの原料、シェリーのフオーティフィケーションに使われるグレープ・スピリッツもここから供給されています。次は濃厚な赤ワインとブレンドして、飲みやすい軽い赤ワインとする、一種の希釈用ですね。こうした用途があるので、アイレンはしぶとく生き残っているのです。

もちろん、苛酷な自然環境に対しても、アイレン以上に強い品種はないといっていいでしょう。雨量は年間350mm程度で、冬はマイナス20℃、夏は45℃にまで達する広漠とした大地に暮らす人達がアイレンを選び出したのです。これを粗野なブドウでいい加減なワインづくりをしていると見てはいけません。

 

アイレンに次いで広大な面積を持つ品種はガルナッナャ・ティンタ。これはスペインでの呼称で、フランスではグルナッシュといいます。シャトーヌフ・デュ・パープやタベルの原料ブドウとしてよく知られた品種です。かつてアラゴン王国の領域で栽培されていたので、スペインとフランスに分かれていますが、 異風土へ伝播したとはいえません。

カリニャンが5位から3位へ上がったのはちょっと意外でした。この10年の変化の基調は、オーディナリーワインの退潮とクオリティーワインの進出が原料ブドウの品種に反映したものであるからです。その点からいえばカリニャンの栽培面積が増加したことは時代の趨勢に逆行しているように見えます。しかし、これはより低位の品種アラモンの改植による過渡的な現象とみてよいでしょう。最近、ヴァン・ド・ペイ・ドックの存在が急に話題となり始めたのは、ポスト・カリニャンへ向けて、次の段階へ移行しつつあることを示しているのです。

4位のトレビアーノは減少しているものの順位は変わっていません。この品種の別名はユニ・ブラン。コニャックの原料です。イタリアでは白ワインの原料として最も広範囲に大量に用いられていますが、ポテンシャルの高いブドウではありません。

この表を眺めて、まず気がつくのは、1980年から1990年までの10年間、比較的安定した状態で栽培面積の上位を占めたのは、決して有名とはいえない地域性の強い4品種だということです。これは、私たち日本人のワイン常識の盲点を突いているんじゃないでしょうか。そもそも、過去にそれだけ集中して栽培地が形成されたのはなぜか。その品種に強固な存在理由があるということなんですね。それは、そこでブドウを栽培している人達の「文化」の問題なんです。高品質のワインを醸造しようというのはワイン文化の上部構造で、例えばアイレンの白ワインはおいしくないからシャルドネに改植しようなんて簡単に言えることではないんです。

それでも、ベスト20の品種は下位へ行くほど顕著に淘汰が進んでいます。ここでいう淘汰とは、その地域に固有の土着化した品種が畑ごと消滅するか、あるいは評価の高い他の品種に改植されるかです。カベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネが世界的に広まったことには、新しい栽培地の展開もあったのですが、表に示されたここ10年間の品種交替を総括すれば、「ブドウ畑における文明化が、過去に例をみない急激な速さで進行した」ということになります。

 

 

「麻井宇介のワイン余話」 余話。その2 品種を巡るパラドックス 〜カベルネとシャルドネは究極の品種なのか〜⑫ 

文明化の様相を表に従って展望してみましよう。

最も激烈な変化はクリオージャに起こりました。クリオージャは新大陸が発見された15世紀末、早くも宣教師とともにヨーロッパから移植された品種のなかで、唯一、異風土に根づき、多くの入植者たちの生活の糧となったブドウです。この品種がヨーロッパの代表的な醸造用ブドウにその地位を譲るのは、アメリカでは1862年にオーガストン・ハラスティが、チリでは1851年にシルベストーレ・オチャガビアが、それぞれヨーロッパからフランス系品種を中心に大規模な再導入をはかってからのことです。アルゼンチンではブエノスアイレス、メンドーサ間に鉄道が開通した1855年以後ではないかと思われます。

しかし、それから1世紀以上たった1970年代、南米ではこのブドウが依然として最も有力な栽培品種であり続けていました。そして、その後の10年間で激減したのです。アルゼンチン、チリ両回の国内消費が減退し、販路を海外に求めざるをえなくなった時、まるで山が動くように、一気に文明化へむけて品種の更新は進んだのです。これは量から質への転換です。質を追究するということは、世界の大都市、特にワイン文化圏の外にあるロンドンやニューヨークの市場で評価されるものを目指すという意味です。

南米に限らず新興ワイン産地では、いまや地場の消費よりもグローバルなマーケットにむけて、いかに酒質を高めるか競い合っています。具体的にいうとどういうことか。カベルネやシャルドネのワインが、ボルドーやブルゴーニュ以外の産地から続々登場してくる今日の状況、それがまさにそうなのです。

ではなぜカベルネとシャルドネなのか。メドックの赤、ブルゴーニュの白。この二つは文句なしに世界中に知れわたったワインです。地酒でありながら普遍性を獲得したワインです。それは、「文化」として在る地酒が文明化したということなんですね。「文明」としてのワインは、都市文化に組み込まれます。そのプロセスが「洗練化」です。地方の産物が磨きをかけられて、石から玉に変わる。大事なのは、玉に変わる石であるかどうかということです。カベルネ・ソーヴィニヨンは、人間がワインとの係わりの中で最初に見つけた「玉に変わる石」だったのです。そして、その次がシャルドネでした。

ワインを「文化」としてみる限り、それは動かすことのできない「土地」の上に形成されたもの、「お国自慢」の土産品なんです。ところが、そのワインの特性を原料ブドウの品種に由来すると思いこめば、カベルネやシャルドネが、どうしてメドックやシャブリ、あるいはコート・ドールでなければならないのか。もしかしたら、もっと恵まれた風土があるかもしれないと考えるようになります。土地への帰属性が薄くなることが、ここでは文明化なんです。それを促した「品種」はどこへでも移植できますから、1980年以降、世界のワインは文明化へ向かって、栽培する品種の一大変革が巻き起こったのです。

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