- 2019-3-11
- Wines, シャトー・メルシャン
秋にはあんなに賑やかだったセラーがひっそりと静まり返っている。
2月15日、一般客を迎えるシャトー・メルシャンビジターセンターは全館休館日だった。一方、ワイナリーの一角では醸造スタッフが勢ぞろいして座り込み黙々と作業をしている。スパークリングワインのティラージュを手作業で進めているところだという。冷暗所に静置して二次発酵とオートリゼをうながし、およそ3年後に最終製品になるそうだ。
農閑期にも多忙を極めるチーフ・ワインメーカーの安蔵光弘さんに、2018年の収穫状況と、今年リリースする予定のシャトー・メルシャンの特徴を聞いた。
2018年は例年に比べて生育ステージが早く進行したので、収穫は8月下旬に甲府市の畑で始まり、長野県や山梨県の自社管理畑や契約栽培のブドウが次々に収穫され、11月1日、城の平ヴィンヤードのカベルネ・ソーヴィニヨンが2018年産シャトー・メルシャンの最後の収穫ブドウになった。
去年の夏はとても暑い日が続き、ブドウも人も必死に暑さに耐えた。9月は不安定な天気が多く、日照量も2017年より少なめだった。これでブドウに病気が発症し、栽培スタッフは病果を取り除く作業に追われた。10月には強い台風がやってきて、山梨の畑でも倒木などの被害があった。それでもブドウには大きな影響がなく、台風が秋雨前線を吹き飛ばし晴天がやってきた。10月に入ってからの好天で、ブドウの成熟は健全に進んだ。
安蔵さんは、「2018年ヴィンテージは2016年と2017年のちょうど中間にあたる」という。2016年は収穫直前に三つの台風が連続してやってきて9月半ばから雨の日が続いた。一方、2017年の芽吹きは遅かったが雨が少なく乾燥していたのでブドウはバラ房になり健全でよく熟していた。収穫ブドウの品質を比べると2018年は、2017年には及ばないが2016年より良いというわけだ。
台風襲来以前に収穫した甲州や北信シャルドネ(左岸)は出来がよく、また10月の好天を待って収穫したメルローやカベルネ・ソーヴィニヨンもしっかり熟している。品種と産地ごとに2018年産の特徴をまとめる。
〈甲州〉
収穫量は前年より約10%少ない。春のフルーツセットの時期から実のつき方が少なかった。これは夏の酷暑の影響だけではない。一般に日本には数十年周期で酷暑の夏の時期がくると言われる。数年前までの最高気温40.8℃(山形市)が観測されたのは1933年のことだ。甲州の歴史は800年とも1,300年とも言われており、いずれにしてもこの間、数次にわたって酷暑を経験しているせいか、今年の夏の暑さにも動じなかった。棚栽培のメリットも享受できた。
〈椀子シラー〉
2018年は収穫量が多かった。この3年は食害も減って収穫量が安定し品質も向上している。剪定を工夫し、芽トビ(結果枝の芽で萌芽しないもの)の割合が徐々に減っていること、欠損していたところに補植したことなど、ていねいな栽培管理作業が実を結んでいる。
〈桔梗ヶ原メルロー〉
台風一過、秋が深まってからしっかり熟した。まだ樽で育成中だが過去の素晴らしい年(2009年、2012年)まではいかないかもしれないが、十分な手ごたえを感じている。ガレージワイナリーの初仕込みが効果的に働いている。畑のすぐそばに専用醸造所があるという、とてつもなく大きなメリットを樽からの試飲で確認できた。2018年産は期待できる。
(中略)
すでに説明したように台風襲来前に収穫した2018年の甲州は、収量が少なめで糖度が高く香りがよい。従来、シャトー・メルシャンの甲州は製品名にシュール・リー、グリ・ド・グリ、きいろ香などワインの製法を付けてきたが産地名は付けていなかった。このところ甲州の栽培適地が分かってきたので「玉諸」「笛吹」などの地名を付けるようにしている。
その中で2017年産から地名を付けた「シャトー・メルシャン 笛吹甲州グリ・ド・グリ」を紹介する。甲州の果皮はピンク色をしている。このブドウは、やさしく搾った果汁を発酵させて爽やかな味わいの白ワインに仕立てるのが一般的だ。「玉諸甲州きいろ香」や「山梨甲州」などがそれにあたる。ところがこの甲州を、赤ワインを造るのと同じように果皮を漬け込み、醸した状態で発酵させて果皮の味わいを引き出したのが「グリ・ド・グリ」で、オレンジワインとかアンバーワインと呼ばれているワインだ。
シャトー・メルシャンは2002年から毎年この「甲州グリ・ド・グリ」を発売しているが、2017年に初めて産地名を入れ「シャトー・メルシャン 笛吹甲州グリ・ド・グリ」に進化させている。笛吹市にある比較的標高の低い畑で、毎年、果皮の色が濃く糖度の高いブドウを産する。ここに着目し、その甲州だけを醸し発酵することにした。2018年も9月末から10月初旬に笛吹市で収穫された甲州をステンレスタンクで醸し発酵をした。発酵が旺盛な時期は、朝夕2回のピジャージュ(櫂突き)を行う。アルコール発酵終了後も、注意深く味わいの変化を見極め、果皮由来の渋みと甘みがバランスよく抽出された時に醸しを終了させる。この醸し日数はブドウの成熟具合によって異なり、2017年は28日間、2018年は27日間だった。醸し発酵を終えたワインは、ステンレスタンクと樽に分けて貯酒され、少しずつ変化を重ねている。2018年産は凝縮感が強く味わい深いワインに仕上がっている。
安蔵さんがグリ・ド・グリに関するおもしろいエピソードを話してくれた。
「グリ・ド・グリのタイプは、まだ日本で馴染みがないせいか、日本ワインコンクールの受賞経験がなく、このタイプが認められるまで出し続けようと毎年のように出品して、じつに9連続で予選落ちしていたのです。それで3年前から出品することをやめてしまいました。でも、欧米の市場でオレンジワインが評価されていることを思うと、私はこのグリ・ド・グリを諦めることができませんでした。
それで昨年のIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)に2016年産と2017年産を出品したところ両方ともに銀賞をいただいたのです。日本産の醸しタイプの甲州ワインでは初めてのメダル獲得です。9連敗の後の快挙と言っても良いでしょう。このコンクールで北信左岸シャルドネリヴァリス2017に金賞を戴いたのですが、私はそれよりグリ・ド・グリの銀賞の方が嬉しいのです」。
安蔵秘蔵の笛吹グリ・ド・グリ。試してみねばなるまい。
全文はWANDS 2019年3月号をご覧ください。
3月号は「日本ワイン、日本の酒類消費、ピエモンテワイン」特集です。
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