総人口の半分1,100万人を超える難民。それでもシリアでワインを造る!

「ほんとに、あのシリアでワインを造ってるの?」

「そうです!きちんと自分で確かめてきてください」。

多忙を極める同僚から出張中の代理取材を言いつかり、シチリアの間違いじゃないのかなどと思いながら指定の場所へとぼとぼ歩いてでかけた。

 

bottle

マーシャス(レバノン)とバージュラス(シリア)

サンドロ・サーデから名刺を貰う。そこに「バージュラス」と「シャトー・マーシャス」のロゴがあった。あとはよく分からない。名刺はフランス語でしかも文字がとても小さかったから。あとでルーペと字引を使って調べたら、サンドロ・サーデはプロプリエテール(ブドウ畑所有者)で、バージュラスには「グラン・ヴァン・ド・シリア」の説明書きがあり、所在地はレバノンのサイフィ(ベイルート)だった。

 

サンドロ・サーデの説明によると、サーデ家はキリスト教徒(正教会)でレバノンとシリアの二重国籍をもっている。古くからシリアに農地を所有してきたが、1960年代に没収され国有化された。その後、ボルドーを訪ねたサンドロの父・ジョニーがシリアのブドウ畑の復興を決意し農地を購入して、2003年にシリア、2005年にレバノンにブドウ樹(カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シラー、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン)を植えた。けれども耕作作業は難航をきわめた。一番の問題はこの地にブドウ畑耕作の文化が全くなかったことだ。耕作に携わるすべての人々に剪定の仕方から教えなければならなかった。もちろん良質のワイン酵母も棲んでいなかった。シリアはブドウとワインの起源と目される土地だけれど、それは紀元前の昔の話である。

 

mapともかく畑で訓練を重ね、ボルドーから醸造コンサルタントを招き、ようやくバージュラス(シリア)は2006年に、マーシャス(レバノン)は2007年に最初のワインを造ることができた。それからは生産年を重ねるごとに樹が育ち、人々は経験を積んで、二つのワインは順風満帆のようにみえた矢先の2011年1月、シリアに内戦が勃発した。戦禍を避けて人々はシリア国内を移動し出国する。2015年末にはシリア国民の半数が難民になっている。

 

サーデ家も2011年以来シリアへの入国を断たれている。ブドウ畑で働く人は何とか確保できているが、途切れ途切れの電話を使った遠隔操作なので充分な指示ができない。収穫のタイミングはサンプルのブドウをレバノンに運んで検査し指示を送る。ボトルはフランスから輸入しているが、いったんレバノンで水揚げし陸送でシリアへ届ける。経費の嵩むことばかりだ。

 

sandro「それでもシリアで造り続けようと思う。父と私たち兄弟が苦労して造り上げたワインだから」と、サンドロ・サーデは言う。しかし満足できる品質のワインはできていない。だから2011年以降のバージュラスはない。「いまは造り続けることが何より大事だと思う。戦火が収まったらすぐに動き出せるように」と、決意を語るサンドロの目に力があった。

 

「バージュラス2010」はどんなワインか――。

ラベルを見ないで飲み、「これはボルドーだ、しかも格付けシャトーものだ」と言われて、なるほどと頷ける出来ばえだ。当然である。ボルドー品種を使ってボルドーのコンサルタントが造っているのだから。あるところで、「コンサルタントは独自の処方箋をもち、世界中のどこでもその処方箋通りのワインを造る。そうするのがコンサルタントの仕事だから」という話を聞いた。コンサルタントの話を抜きにしても、このワインにシリアらしさを求めるのは無理がある。だって、だれもシリアワインがどんなものだか知らないのだから。それでも、このワインが5,670円で買えるのには驚きだ。5,670円でこのクオリティのボルドーを探すのはとても難しいと思うから。

 

このワインを販売する「いまでや」http://www.imaday.jp/ のサイトは「バージュラス2010」をこのように評している。

「深く濃い紫色。ブラックフルーツと芍薬の香り。しっかりとしたボリュームとストラクチャーがあり絹のようなタンニンが奥行きを与えます。スパイシーでミネラリィな味わいがアフターに広がります。ジビエなどのお肉料理と共にお楽しみください。」

(K. B.)

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