マンズワイン 地元栽培農家と協働して半世紀の小諸ワイナリー

田中氏のシャルドネで造る「ソラリス千曲川シャルドネメトッド・トラディッショネル2016」(左)、土屋氏のメルローで造る「ソラリス小諸メルロー2018」。

1960年代に山梨県勝沼町でワイン造りを始めたマンズワインは、
1971年から長野県の小諸市と上田市でワイン用ブドウ栽培に着手した。
それから約50年。地元の栽培農家との連携は時代とともに変化しつつある。

 

クルミ林と桑畑がブドウ畑に

マンズワインが長野県でワイン用ブドウの契約栽培を始めた1971年に、小諸市や上田市周辺にワイナリーは1軒も存在していなかった。しかし、善光寺種の栽培、そしてワイナリーの建設に地元は大変前向きだったと言う。

「クルミ林と桑畑の50軒近くが、クルミ振興会の会長の音頭取りでブドウ栽培を始めました」と、当時を知る契約農家の最長老、田中敬士氏は言う。台風や雪の被害が多く養蚕業も減少する中、新たな作物への挑戦を望む声が多かった。小諸と上田で約20町歩(約20ha)ずつ、パイロット事業としてブドウ栽培を始めた。次々と働き口を求めて出て行ってしまっていた若者と一緒に取り組める事業として、村人たち全員が大いに歓迎した。

その後順調に進んだが、1988年の大雪でブドウ棚が壊滅的な被害を受けた。多くの農家はブドウ栽培を諦めてしまった。「私の父も、棚が潰れてブドウ栽培を一旦やめました。今のメルローは、2000年以降に私が会社を早期退職して始めたものです」と、大里加工ブドウ部会長を務める土屋公輝氏は言う。

しかし、マンズワインでは1981年から小諸ワイナリーの敷地内でシャルドネの垣根栽培を試していた。そのシャルドネは1987年に確立した「マンズ・レインカット」も施しており、雪害に合わなかったのだ。その結果、ブドウ栽培を続ける意志のある契約農家に、欧州品種のレインカット垣根栽培が普及した。収穫まで平棚だと7年を要するところ、垣根だと3年で可能なのも功を奏したと言う。

契約栽培農家の最長老田中敬士氏(右)と、部会長の土屋公輝氏。

半世紀に渡る絆

「50年の間に、ブドウが色づき始めた頃に台風で潰れてしまった平棚を、組合員全員で持ち上げて棚を直して無事に収穫できたこともあります。防除は今でもずっと当番制の共同作業。皆で貯金して、散布機は共同購入しているし、収穫が終わったら収穫祝いと反省会」と、田中氏は目を細める。今では組合員は20軒を切ってしまったが、残っている家族同士のつながりはとても強い。

一方で、マンズワインは契約農家に対して自社で増やした苗木を100%無料で支給している。

小諸ワイナリーで主に栽培を担当する、栽培・醸造課の主査邑田明氏(左)と、水瀬亮太氏。

「以前はおもに山梨で行っていましたが、今は小諸でも緑枝接ぎで増やしています。栽培指導を行い、収穫量や収穫のタイミングについても綿密に打ち合わせをしています。もちろん収穫したブドウは100%買い取ります」と、小諸ワイナリーの栽培・醸造課主査を務める邑田明氏。

今では小諸市と上田市で、契約畑は約7haに減少した。しかし、後継者がない畑をマンズワインが借りるなどして、自社管理畑は約12haとなり、合計で約19haある。ブドウ品種はシャルドネが50%で、残りはメルロ、マンズワインが交配した信濃リースリングが半々だ。

長年協働してきたマンズワインと契約農家の結び付きは固い。

「弊社管理畑の手入れを手伝ってもらうこともあります。収穫後の選果や仕込み、レインカットの片付けなど。家族の皆さんも参加していただいています」と、同じく栽培を担当する水瀬亮太氏も言う。

田中氏が育てるシャルドネは、「ソラリス千曲川シャルドネメトッド・トラディッショネル2016」に使われている。2017年5月にティラージュされてから50か月の瓶内熟成を経て、ブリュット・ナチュールとしてリリースされた。土屋氏が育てるメルローは、「ソラリス小諸メルロー2018」に使われている。今年、日本ワインコンクールで金賞を受賞。どちらも、栽培家とマンズワインの職人技の結晶と言える作品ではないだろうか。

 

〈お問い合わせ先〉
マンズワイン https://mannswines.com/
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