[前編]日本ワインの未来を見据えて サントリーワインカンパニー

サントリー登美の丘ワイナリーが、9月9日にリニューアルオープンした。また、ここ数年いくつかの新たな試みを始めている。そこには、ものづくりへの信念だけでなく、山梨というワイン産地へのこだわりなど、 さまざまなメッセージが込められている。(前編)

 

100年後のために

サントリー ワインカンパニー社長の吉雄敬子氏。登美の丘ワイナリーの富士見テラスにて。

サントリーワインカンパニーは、日本ワインに関する新たな取り組みを始めている。その理由を社長の吉雄敬子氏は「100年後のため」だと言う。現在の登美の丘が「登美農園」としてワイン用ブドウ栽培のために拓かれたのは1909年のこと。それからすでに100年以上が経過している。ワイナリーのリニューアルはこの歴史も含め、「ものづくりにかける技と愛情」など現場の情報をより多くの人に伝えるだめだ。
「最終商品だけ見てもらうのではなく、『水と、土と、人と』を掲げているように、皆で協力してブドウ畑から丁寧に仕事をしていることを実感してほしい」、との願いが込められている。そして、「甲府盆地や富士山を臨む景観を楽しみ、大自然を体感してもらうことが、ワインの魅力発見につながる」と考えている。ワイナリー内の施設やツアーを刷新しただけでなく、ワイナリーとオンラインショップ限定発売の「ワインのみらい」シリーズも登場。例えば「塩尻マスカット・ベーリーA 2019 ミズナラ樽バレルセレクション」は約1,300本のみ。「登美の丘 甲州 古木園育ち 2020」は約1,300本。「立科町 甲州 冷涼地 育ち 2021」は、約3,100本。いずれも興味を惹く命名だ。
「ものをつくる人が大事だと思っています。造り手の姿が見える、人を感じるようなワインにしたいと思いました。皆に『何を造りたい?』と、問いかけた結果生まれたのがこのシリーズです」と、吉雄氏。“自分たちがワクワクするようなワインを創ろう!”をテーマにした、「造り手がワインの未来を描くチャレンジシリーズ」で、皆が目を輝かせながら創り上げた。そして今後も続々と新作が出てくる予定だというから期待したい。そして、100年以上の歴史がある畑を今後100年守っていくための施策を始めた。ひとつは、山梨大学との連携で温暖化対策への試みである「副梢栽培」。もうひとつは、自然を最大限に生かす「不耕起草生栽培」を含めた、山梨県が取り組む「やまなし4パーミル・イニシアチブ」への参加により、大気中の二酸化炭素濃度を減らす環境を考慮した栽培の実施だ。「この土地にこだわってきた者にとって、 温暖化対策は死活問題です。今サステナブルへ動き出すことが、次の世代への継承につながるはずだと信じています」と、 吉雄氏は未来のための施策を語った。

「ワインのみらい」シリーズより、「塩尻マスカット・ベーリーA 2019 ミズナラ樽バレルセレクション」(左)と「登美の丘 甲州 古木園育ち2020」。

気候変動に対する山梨大学との連携

登美の丘ワイナリーの栽培技師長の大山弘平氏。

盆地である山梨県では、近年の温暖化による夏の暑さ、とりわけ成熟期から収穫期の夜温の上昇が問題となっている。赤ワイン用ブドウの着色不良や酸の低下が起こっているからだ。そこで2021年、サントリー登美の丘ワイナリーの圃場にある18aのメルロ500本で「副梢栽培」のトライアルを行った。分枝も台木も樹齢も同じメルロの通常の栽培と比較すると、約1か月収穫を遅くすることができた。色づき開始から成熟、収穫に至る期間の気温が下がることで、糖度と酸度が上がっただけでなく、pHは低くなり、色素量が増え、香りにも影響を与えるとわかった。
「今まで登美の丘のメルロは、ふくよかでボリューミーなのが特長と考えてきましたが、副梢栽培では別の良さが出てきました。この技術により環境の変化に適応するだけでなく、品質をより良くできれば」と、登美の丘ワイナリーの栽培技師長の大山弘平氏。通常10月中旬が収穫のピークとなるが、副梢栽培導入で収穫を約1か月遅らせる区画ができれば、人力を分散でき、他の区画も最適なタイミングで収穫可能になるのも利点となる。

副梢栽培を行なったメルロと、切除された新梢の横から出てきた副梢。

「何を課題と考えて、どう対処するのか。これまでの100年と同様に、それぞれの時代で特有の課題に対し、ベストな方法を見つけて実践していくことが使命だと思っています。登美の丘らしさに凝縮感をプラスするための選択肢ができたことがとてもうれしいです」。じつは、晩熟のタナやマルスランといった品種の栽培も試している。しかし登美の丘の副梢栽培で引き続き良好な結果が出れば、温暖化に悩む他社や栽培農家にとっても、コストをかけず場所や品種も変えずに課題を解決可能な道筋ができ、朗報となるだろう。

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