[前編]日本ワインの未来を見据えて サントリーワインカンパニー

図1 MBAおよびヴィニフェラ系品種の房の比較。右が副梢栽培、左が通常栽培。

山梨大学・ワイン科学研究センター准教授 岸本宗和氏による副梢栽培技術開発

山梨大学・ワイン科学研究センターの准教授、岸本宗和氏。

副梢栽培を開発したのは、山梨大学・ワイン科学研究センターの准教授、岸本宗和氏だ。2014年から実験を開始し、温暖化を課題とする地域における対策方法を見出したことに加えて、品質も向上することがわかった。「きっかけは自分でも醸造していた1990年代。1994年のような猛暑の年は、ブドウの表面は色づいているように見えるにも関わらず醸すと色がすぐ抜けてしまいました。山梨は夏の暑さが厳しく、今後ますます温暖化が進めば問題になりそうだと懸念していました。ただ9月に入ると涼しくなるため、成熟期を遅らせられれば、と感じていました」と、岸本氏。2010年に山梨大学に赴任し、ブドウ畑を歩いている時に偶然にも同じ樹に収穫間近の黒く色づいた房とまだ緑色の房があった。後者は折れた枝の先から新しい枝が伸びていた。春の強風で折れたに違いないと想像した。これをヒントに2014年から副梢栽培の実験を開始した。まずマスカット・ベーリーA(以下、MBA)で行なった。新梢が伸びて開花、結実する前後の時期に、新梢の摘心と花穂の切除を行う。新梢に比べて副梢では、開花、着色、収穫ともに約1か月遅くなった。2015年からは、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シャルドネなどのヴィティス・ヴィニフェラ系でも行なった。
「MBAは副梢に房の発生が容易な品種ですが、ヴィティス・ヴィニフェラは、切り方にコツが必要です。だから、2014年にまずMBAで実験を開始したのはとてもラッキーでした」。そして成熟期を遅らせることにより、ワインの品質が予想以上に向上した。5月中旬に新梢を切り落とすと、ヴェレゾンを迎えるのが9月初旬から中旬。収穫は10月下旬~11月の葉が黄色く変化する頃。ヴェレゾンの時期から涼しくなり空気も乾燥する。
「ヴェレゾンから2~3週間がアントシアニンの蓄積にとても重要な時期です。暑いとアントシアニンの生合成が抑制される上に、生合成したアントシアニンの消費が大きくなりますから」(参照:表1MBA収穫時の果皮アントシアニンおよび果汁分析)。

しかし、効果はアントシアニンだけではなかった。MBAの欠点のひとつは房が大きく大粒であることだ。摘心処理区の副梢果房の平均重量は、対照区の新梢果房の約60%、果粒は2gほど少なくなった。粒の大きさについては、もう一段階小さくできないかと考えていると言う(MBAだけでなく、ヴィニフェラ系品種も副梢果房が確実に小さい。参照:図1)。この結果、副梢果房の果汁は糖度が上がり、pHは下がり、総酸度は高くなった(参照:表1MBAの収穫時の果皮アントシアニンおよび果汁分析)。そして、香気成分含有量にも良い影響を及ぼしていることもわかった。たとえばMBAは、フラネオール含有量が対照区の約2倍多かった。リースリングの場合、暑い地域では香りが落ちてしまうが、摘心処理区の副梢果実で醸造したワインは、対照区の新梢果実で醸造したものに比べ、特徴香の成分であるモノテルペンアルコールの含有量が圧倒的に多かった(参照:図3リースリングの香気成分含有量)。


「もしも温暖化を理由に山梨県のワイン産業が廃れてしまうとすれば、それは他県にとってもマイナスになると思います。大手企業であれば標高の高い場所など他に新たな畑を持てる可能性がありますが、小規模の場合には困難です。また、高温に耐性のある他の品種を植えるという方法もあります。しかし日本の固有品種を守らなければ日本のワイン文化は育たないと思います。そのために、今ある畑で何ができるのかを考えた結果見つかった方法です。環境に負荷をかけない方法であることも利点だと思います。副梢栽培が産地を守る方法になればと願っています」と岸本氏は言う。(後編へ続く)

 

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