〜シャトー・メルシャンのいま〜 マリコ・ヴィンヤードのシラー

園田雄平、37歳。マリコ・ヴィンヤードのシラー栽培担当である。

園田はいま燃えている。栽培への意欲が漲っている。マリコのシラーに大きな可能性が見えてきたからだ。そんな園田をチーフ・ワインメーカーの安蔵光弘が煽る。「マリコのシラーはメルローと並んで日本を代表する品種になるかもしれない」と。

 

マリコ・ヴィンヤードのシラー

マリコ・ヴィンヤードのシラー

その理由の一つは、シラーワインの国際コンクール「シラー・デュ・モンド」でマリコ・ヴィンヤード・シラー2013年が日本産のシラーで初めて銀賞を受賞したことだ。

もうひとつは園田の同僚でシラーの香りの研究をしている高瀬秀樹が、マリコのシラーから新しい発見をしたことである。胡椒のようなスパイス香はシラーに特徴的な香りとされている。胡椒の香りの正体はロタンドンという化合物だが、高瀬はそのロタンドンを生合成する酵素の遺伝子を世界で初めて発見した。さらにシラーのスパイス香はテロワールによって含有量に差があり、マリコ・ヴィンヤードのシラーにはローヌやオーストラリアより多く含まれていると国際学会で発表をしたのだった。

 

マリコの何がシラーに適しているのか。

マリコ・ヴィンヤードは東信地方(長野県東部)の上田市丸子地区にあり、標高650mの陣場台地に位置している。重い粘土質土壌で、日照量に恵まれ降水量は比較的少ない土地柄だ。ローヌやニューワールドのシラー産地に比べると気候は冷涼である。いわゆるクール・クライメット・シラーの産地ということができる。「その涼しさがマリコのシラーのロタンドン前駆体含有量の多さと関係しているのだと思います」と園田はいう。

 

マリコ・ヴィンヤードの1.7haにシラーが植えられている。2004年、2009年、2011年と三回に分けて植えたものだ。すでに樹齢10年を超えた区画のシラーは、シラーらしい個性を強く発揮しはじめている。

4月に東京で開かれたシャトー・メルシャン・プリムール・テイスティングで試飲した「マリコ・ヴィンヤード・シラー2015年産」は、たっぷりのスパイス(黒や白の胡椒)を感じさせる香り、味わいに強さがありフィニッシュに胡椒の香りが戻ってくる。素晴らしい可能性を感じさせるクール・クライメット・シラー。この日のテイスティングで最も印象的なワインだった。

 

しかし園田は困っている。

品質の良さが認められ始めたシラーだけれど、その収穫量はきわめて少ないからだ。2015年の生産量は全部で2.7トン。単位当たりの収穫量に均すとわずか10hl/haである。これは少ない。少なすぎる。世界を代表するプレミアムワインのそれは25~35hl/ha、時には40hl/haを超えるものだってある。その半分にも満たない。冬の剪定、夏の剪定、収穫時の選別をよほど厳しくやっているのだろうか。

園田が苦笑しながら答える。「たしかに収穫時の選別は相当厳しくしています。いまは厳しすぎたのではないかと反省しているほどです。でも大きな問題は選別ではなくショクガイでした」。ショクガイは“食害”と書く。タヌキや鳥が実を食べ、野生のシカが新梢を食べてしまうことだという。マリコのシラーは野生動物の攻撃から逃れ生き残ったブドウで造ったワインなのである。

 

収穫を待つマリコ・ヴィンヤードのシラー

収穫を待つマリコ・ヴィンヤードのシラー

それでも園田の食害対策は着々と進んでいる。

2014年に畑にシカ避けフェンスを立てた。昨年まで使っていた鳥避けネットの効果が薄いので今年からカラス避けワイヤーを張った。タヌキ駆除にも力を入れた。こうして少しずつ食害の規模は小さくなってきた。

 

食害対策の目途が立ったいま、園田を悩ませているのは実の付かない枝の多さである。シラーはなかなか実を付けない。マリコのシラーは他の品種に比べ実のつき方がとても少ない。

「これまでは栽培ルーティンどおりの作業をしてきました。それを見直しマリコのシラー独自の方法を採ることにしました。いくつかアイディアがあるので、今年一年かけて試してみるつもりです。ともかく1本1本のシラーの樹ととことん向き合い、決まりごとにとらわれず、その力を十分に生かすつもりです。目標は2015年より30%増しの3.5トンです」と言い切る園田。

畑仕事ですっかり日焼けした精悍な顔つき。言葉の端々からマリコのシラーに賭ける思いの強さが伝わってきた。(K.B.)

画像:黙々と畑仕事をする園田雄平

(画像提供:シャトー・メルシャン)

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