- 2026-7-1
- Wines, ニュージーランド New Zealand

ニュージーランドのノース・カンタベリーに拠点を置くブラック・エステートを端的に表現するなら、「調和の取れた環境を保ち自然のリズムに合わせた仕事を行っている生産者」と言うべきだろう。
思慮深く、よく観察し、気負わず、自然体で、ブドウ畑の風景や季節を誠実に映し出す造り手だ。また、ブラック・エステートのワインは年々進化している。
そして、特にピノ・ノワールはテンションや活力が感じられ、冷涼気候と石灰質土壌などにより若いうちは比較的シャイだが、収穫年から5年ほど経過すると味わい深さが増してくるという魅力もある。
ブラック家からナイシュ家へ
ブラック・エステートが拠点を置くノース・カンタベリーは、ニュージーランド南島の東海岸にあり南極からの影響も受ける冷涼な産地として知られている。また、このワイパラ・ヴァレーはニュージーランドでは珍しく石灰質土壌があることでも有名だ。その小地区オミヒは、ニュージーランドで初めてピノ・ノワールが植樹された場所でもある。
ラッセル・ブラック氏とダニエル・シュスター氏が1986年に、自根でピノ・ノワールを植樹し(今の、ネザーウッド・ヴィンヤード)、これまで一度も灌漑されていない。そして、ラッセル&クミコ・ブラック夫妻が、1994年に8haのピノ・ノワールとシャルドネを植樹し、ブラック・エステートを立ち上げた。今でもこの自根の畑は健在で「ホーム・ヴィンヤード」と呼ばれている。
ブラック・エステートは、2007年にロッド・ナイシュ夫妻が購入して継承した。当初は「ホーム・ヴィンヤード」だけだったが、その後、ブドウを購入していた近隣の畑、「ダムスティープ」と「ネザーウッド」を2012年と2015年に手に入れた。さらに、ナイシュ夫妻の娘ペネロペ氏とその夫で醸造家のニコラス・ブラウン氏が引き継いで、オーガニック栽培に転換した。2017年にはオーガニック認証を、そして2022年にはデメター認証も取得した。
また、ニコラス・ブラウン氏は、2022年度の「ニュージーランド・ワインメーカーズ・オブ・ザ・イヤー」(オーストラリア「グルメ・トラベラー誌」)に選ばれている。
「できる限り介入せず、アルコール度数も低く、精密でより個性的なワインを造る」。これが、自然のリズムに合わせた仕事を心がけるブラウン氏の方針だ。
オーガニック&バイオダイナミックへの転換
ニコラス・ブラウン氏は、家族経営のため、栽培においても醸造においても長期プランを立てることができるのが利点であると言う。畑では、植物そのものと土壌の向上を目指していて、その結果は毎年出てきていると感じている。そもそも、オーガニックやバイオダイナミックへ転換した理由について尋ねると、こう答えた。
「ここでワイン造りを始めるにあたって、まず、世界中のワインを試飲しました。その結果わかったのは、土地のセンセーションを感じられるのは、オーガニックやバイオダイナミックで育ったブドウを用いたワインであるということです。産地の特徴・感覚・刺激がダイレクトに現れる。特にバイオダイナミックは、ブドウだけでなく、農園全体の環境そのものを守ってくれます」。
そして、実際にどのような変化が見られているのか、説明してくれた。
「例えば、再生(リジェネラティブ)農業により、光合成を最大限に行うことが可能になります。その理由は、まず、土壌の耕作を最小限に抑えることで、ブドウの根だけでなく土中の微生物の活動を阻害しなくなります。もう一つは、葉や枝を伸ばしすぎないことにより、樹勢をなるべく低く抑えることになり、成熟のバランスが得られるのです。また、草によるカバークロップにより草と水分獲得のために競合するため、ブドウの根が地中深く伸び、複雑性ある栄養素を得られます。土壌中の微生物が活発になることにより、土中で長期的に炭素が滞在可能となり、土壌の保水力・保湿力も上がります。近年は異常気象が多く、気候が読めなくなってきています。一度に多量の雨が降ったり、一方で長く乾燥したり。しかし、このような状況にも対応可能になってきていて、特に乾燥に強くなりました」。
「うちの畑で土壌分析をしてもらいましたが、とても素晴らしい結果でした。土壌中に必要な栄養素が豊かで、土壌の活性化によって貯水能力も高まり、これらによって光合成も最大限に行える。そして、それらが生態系を守ることにつながっています」。
「農園に動物も組み入れています。羊はブドウの下草を食べて、消化して排出し、それが土に戻ります。牛の場合は、夏の間に少しずつ移動しながら草を食べて、同じ場所に戻ってくるのは90日後。ムラなくブドウ畑の草を食べてくれます。バイオダイナミックにより草にも質の高い栄養素が与えられているので、その草を食べて育つ牛の肉も品質が高いのです。そしてその牛は、その後に私たちが経営しているレストランで皆さんに」。評判の良いレストランは、妻でありオーナーのペネロペ・ナイシュ氏が取り仕切っている。
「とはいえまだまだ。2007年から19年経ちましたが、この間も多くを学んできました。今後も前進あるのみです。農園内の自然体系を向上させるためにできることは、まだ残っていると思っています。生命に満ちた環境や土壌ができ上がることで、それがワインに表現されるようになってきています。例えば、活力、透明感、独特の個性。今後もさらにこれらを追求していきたいと思っています」。
また、栽培しているブドウ品種は、ピノ・ノワールを中心に、シャルドネ、リースリング、シュナン・ブランとカベルネ・フラン。「ギリギリ、しかしきちんと熟す品種を選抜している」と言う。
3つの畑「ホーム」「ダムスティープ」「ネザーウッド」
ブラック・エステートの自社畑はオミヒに3つある。ここは丘陵地にあるため、3つの畑はそれぞれ5km圏内にあるものの土壌や標高や向きなどの条件は異なる。
ホーム・ヴィンヤードは、1994年に自根で植樹されたピノ・ノワール(10by5クローン)とシャルドネ(メンドーサ・クローン)、2011年植樹のピノ・ノワールやシャルドネ、少量のシュナン・ブラン(0.5ha)とカベルネ・フラン(0.3ha)を栽培。粘土土壌に石灰岩混じり。ここは扇状地で緩やかな丘にある畑で、なだらかで一様なため、ブドウの熟度の差もそれほどなく、例えばピノ・ノワールの収穫は2日間ほどで終わる。
ダムスティープ・ヴィンヤードは、ホームより100m標高が高く、140〜180mにある北東向きの急斜面。1999年植樹の7ha。土壌は砂岩、ワイパラ・クレイ、石灰岩。ピノ・ノワール(中央2区画は自根)の他、下方の粘土質豊かな区画でリースリングを栽培している。2008年からここのブドウを購入しており、2012年に畑を買い取った。この畑は向きや標高が区画により異なるため、剪定時期も収穫時期も幅があり、例えばピノ・ノワールの収穫は2〜3週間かかる。
ネザーウッド・ヴィンヤードは、ラッセル・ブラック氏がダニエル・シュスター氏によって、1986年にピノ・ノワールが自根で植樹された場所。ノース・カンタベリーで初めてブドウが斜面に植樹された畑でもあるという。そして当初から無灌漑。4.5haありピノ・ノワールとシャルドネを栽培している。土壌は、砂岩、砂混じりの泥岩、ワイパラ・グリーンサンドと呼ばれる緑泥石質豊かな砂岩。2015年に買い取った。日照量にも恵まれ風通しも良く、小房で、0.5kg/株の低収量。ダムスティープのピノ・ノワールは2012年から毎年生産しているが、こちらは2014年から良年のみ。
ダムスティープ ピノ・ノワール、2024, 2023, 2021, 2020, 2016を試飲して
今回インタビューするにあたりあらかじめ、ダムスティープの5ヴィンテージを試飲した。そして、3つのことに気がついた。まず、開くのに5年ほどかかること。そして、年々進化していること。さらに、抜栓後に酸化しにくいこと。
2024と2023はもちろん美味だけれどとても若く、今飲むには少しもったいないと感じた。2021年からようやく開き始め、味わい深さが出てくる。これより若い場合は、比較的、酸とミネラル好きの人にお勧めしたいスタイルだ。2020と2016はまさに飲み頃!&お買い得!
以前ニコラス・ブラウン氏から、「ノース・カンタベリーという産地は、冷涼なニュージーランドの中でも冷涼であるということもあり、若いうちは少しシャイに感じられるかもしれない」と、聞いた。確かに2024と2023はシャイではあるが、以前よりも石灰質土壌らしい酸とミネラル感による活力、生き生きとしたニュアンス、テンションが増している印象だった。
さて、この感想を伝えてみると、ニコラス氏はこう返事をした。
「2021年は、確かにちょうど今開いてきたところで、果実味が心地良く感じられるようになってきました。春は涼しく、夏は暖かで、秋に夜の気温が下がったためブライトな酸を備えたワインになりました」。
「2023年はまだ閉じていますね。夏が涼しかったため、デリケイトなソフトな果実で、2014年より少し軽めです」。
「2024年も、開くまでもう少し時間がかかりますね。数年後、あるいは飲む2時間前ぐらいにデキャンタすると良いと思います。春が涼しく収穫量少ない年です。夏はドライで暖かく、素晴らしい成熟が得られ、ストラクチャーもたっぷり、そしてデリケイトな酸味も備えています」。
「バイオダイナミックの経験を積み重ねるとともに、ブドウの個性をより強く表せるようになったと感じている」、とも語った。
そして、どのワインもSO2の量は少ないが、抜栓して数日経過しても(冷蔵庫で保管)、ほとんど酸化がみられず、2024は特にその明るさがそのまま保たれていた(Total SO2:2024-39ppm, 2023-19ppm, 2021-44ppm, 2020-30ppm, 2016-37ppm)。
「それは、伝統的な醸造を行っているからだと思いますね。まず前提として、バイオダイナミック農法を行っているため収穫量が低く凝縮した果実が得られます。そのため、ワインは安定する方向に進みます。そして、プレスする時にゆっくりと低い圧力で行い、SO2も添加しないため、最初の段階で酸化する要素が落ちてしまいます。発酵や醸しもゆっくり行うためここでも酸素に触れることになります。但し、樽やタンクでの熟成中は酸素に触れないようにして、熟成が終わったらすぐに、少量のSO2をリフレッシュするために添加して瓶詰めします」。
とすると、グラスワインで使いやすいワインだと言えそうだが、併設のレストランではどうしているだろうか?
「今、カベルネ・フランとシュナン・ブランをグラスで出していますが、3日はそのままで問題ありません。ただ、古いヴィンテージをサーヴィスする時にはコラヴァンを使っています」と、ペネロペ氏。
新たな畑、スカイパンチのピノ・グリ
ブラック・エステートのホーム・ヴィンヤードからほんの400m先の近所に、オーガニック認証を取得した畑、スカイパンチがある。ここのピノ・グリのブドウを購入して2024年ヴィンテージから「スカイパンチ ピノ・グリ」と「スカイパンチ ピノ・グリ・スキン」を造り始めていた。ここは粘土土壌で2004年から栽培を始めているという。
「スカイパンチ ピノ・グリ 2024」は、清涼感があり花やスモモなどのアロマが心地よく、生き生きとした酸と滑らかさ、そして塩レモンのような余韻。
「スカイパンチ ピノ・グリ・スキン 2024」は、より複雑で華やかなアロマで、スパイスや紅茶の香りも。そして収斂性やテンションも感じられる生き生きとした味わいだった。
約1か月マセレーションした「ピノ・グリ・スキン」は、オリがたっぷり入っていて、抜栓後何日経っても酸化しなかった(冷蔵庫保管)。実はこのオリはやはり酸化防止のために残していて、デキャンタして飲んでもらうことを想定しているとのこと。そのため、抜栓してから7日は問題ないという。そして2025年ヴィンテージの場合には、約7か月もマセレーションしており、将来的には樽で1年間まで延ばそうか、とも考えているようだ。次のヴィンテージも楽しみだ。
冒頭にも記したが、毎年何か前進・進化している様子を確認できるとても面白く誠実な造り手だ。
<おまけ>ノース・カンタベリーの特徴
以前ニコラス・ブラウン氏聞いた、ノース・カンタベリーの特徴について、ここにまとめておく。
「冷涼な気候がクリスピーさとフレッシュさを、そして低い収穫量がテクスチャーを生む。この地には情熱に溢れる生産者が多く、意見交換を頻繁に行っている。収穫量を制限するとともにこの土地の個性を表現し、品質の高いワインを造ることを目指している」。
「ノース・カンタベリーは、土壌が少し古く多様なため複雑なワインを生み、冷涼な気候によりフレッシュで高い酸と余韻の長さをもたらす。テクスチャーはソフトだが若いうちはいくぶん控えめで、年と共に徐々に複雑性を醸し出していく」。
ニュージーランドの他の産地のピノ・ノワールとの違い。
「マーティンボロー」は、リッチ。春も早く始まり暖かく、古木と砂礫砂利質土壌により、豊かで果実の特徴がピュアに表現される。
「マールボロ」は、明るさ。砂利と粘土の土壌から、香り高くフレッシュで、果実の明るさが感じられるワインになる。
「セントラル・オタゴ」は大陸性気候で、シストや砂などの若い土壌。キラキラとした明るいイメージで、香り高く、果実のピュアさや甘やかさが表れている。
「ノース・カンタベリー」は、土壌は少し古く、その多様な土壌によりより複雑なワインになる。柔らかなテクスチャーがあるが、若いうちはいくぶん控えめだが、年を経ると徐々に複雑性を醸し出していく。冷涼な気候によりフレッシュで高い酸味と余韻の長いワインになる。
輸入元:ラック・コーポレーション
(text by Y. Nagoshi)
ニュージーランド訪問の際は、ブラック・エステートに立ち寄ってみてはいかがでしょうか?レストラン、B&Bもあるようです。


















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