〜ペアリングの極意/牡蠣の巻〜
なんとなく気が合う人、というのはいるものだ。最初はその理由がよくわからないが、磁石のプラスとマイナスのように引き寄せられる。つき合いが何年かつづいた後で、ようやく合点がいくことがある。
見た目の個性は自分と真逆で、モデルのように背が高くてスタイル抜群。その上美人で化粧映えがする。そういう友人が私には何人かいる。正直なところ隣に並ぶと凸凹なのだけれど、心持ちの部分で共通点がいくつかあると互いにわかっている。あぁ、なるほど。個性の相違点の加減がちょうどいいのだ。
この組み合わせの場合は、ワインと食べ物の関係でいえば、甘口ワインとブルーチーズ的なペアリングに近いのかもしれない。
美味しいものはボーダレス
ともあれ相性のよいタイプの食べ物がわかれば、自ずと飲み物の性質も明らかになってくる。「オールドパー」の「シルバー」&「12年」の個性を深掘りするための実験を、ソムリエ&テイスター「Divin Clos」の大越基裕さんと、和食とワインで有名な六本木の「割烹 小田島」の2代目・小田島大祐さんにお願いすることにした。
ふたりとも、ワインと食のペアリングに造詣が深く経験値は高いが、若さもあり柔軟性がある人だ。1976年にオープンした「割烹 小田島」は、和食とワインを楽しめる本格的な店として日本初だったにちがいない。その大胆な人物のもとで育った人らしく「世界中から色々な飲み物が集まってきているから、今本当に面白い時代だ」と大祐さん。「今は美味しいものはボーダレス」と、各国を飛び回る日々を送る大越さんも言う。
数年前、老舗ワインスクールでワインと料理の組み合わせのコースでコンビを組んでいたという。息の合うふたりがどのような答えを出してくれるのかと、ワクワクしながら東京タワーの見える実験室へ足を運んだ。
ペアリングの極意は「素材より料理、調理法で風味を合わせる」
大昔は、白ワインには魚、赤ワインには肉、というのがお決まりだった。ここ15年ぐらいは、ワインの色に合わせて白いワインには白い食材、ロゼ色ならばピンク系の素材、赤ワインには魚でも肉でも赤身を選ぶかソースを赤茶色系にする、カラー・コーディネートを楽しんだ。
しかし「色より味わいを合わせていく。素材よりも料理、調理法で合わせていく」と大越さん。
生牡蠣×「シルバー」&牡蠣のグラタン×「オールドパー 12年」
彼が最初に選んだ素材は、今が旬の牡蠣だった。そして大祐さんがこの日のために注文した牡蠣は「長崎産の小ぶりなタイプ」。日本の牡蠣の大半は、ふっくらとして味わいが強い。今回は、大越さんと話し合った結果、それとは逆のタイプの牡蠣を選んだ。
「海外産の牡蠣に近い、塩味、ミネラルが豊かな牡蠣がほしかった」。
大越&大祐コンビは、一体どのように牡蠣を(文字通り)「料理」するのだろうか!?
ご対面前のチューニング
牡蠣とご対面をする前に、「シルバー」も「12年」もそれぞれ波長を整えた。
「シルバー」は、炭酸水:シルバー=2:1の割合にして、レモンツイストをプラス。若さとフレッシュ感をより強調する装いだ。ただし「シルバー」の味わいを生かすには炭酸があまり強くないタイプがいいと、サンペリグリノで割っている。
対して「12年」は、白湯:12年=1〜1.5:1。古株の落ち着きをそのままに、コクとなめらかさをさらにアップして、シルバーとは別の存在感を増してきた。香りがふくらみ、テクスチャーがソフトになり甘みやコクがグッと引き立った。
「割る、という行為で温度を変えられたりアルコールのボリューム感を変えられたりする。これがワインにはないウイスキーの醍醐味」だと大越さんは楽しそうだ。水はアルコールもボリュームもダウンさせる効果があるが、白湯の場合にはアルコールは低くするがボリューム感はそのまま保てるのだ。
生牡蠣×「シルバー」
さあ、いよいよお相手とご対面! 実際に牡蠣を食べ、シルバーを口にしてみた。どちらもが持つ旨味とミネラル感が口の中に広がり、ほんのりスモーキーで柑橘系の香りも立ちなんともいえない余韻があとを引く。
「やさしい香りでもっと飲みたくなるなぁ」と大祐さんも満足そうに呟いた。いや、本当に見事な相性だ。
ほんのりとスモーキーな香りがしたのは、燻製シートを使ったからだった。1日包んでおくと燻製香をまとわすことができるのだ。そしてもうひとつ。「アクセントとして黒トリュフ塩を」。これでシルバーの香りにわずかに存在する「土」のニュアンスをプラスαとして添えた。
生のままだと牡蠣の味わいが強すぎると判断し、「シルバー」のもつ性質に少し寄せていった。もともとミルキーなタイプではなくミネラリーな牡蠣を選んでいるのだが、燻製シートで身を引き締めるとともに、塩味でミルキーさをさらに抑えてシルバーの塩気に合わせた。
こうして手をかけることで、お互いのボディがちょうどよく均衡したのだ。
牡蠣のグラタン×「オールドパー 12年」
白くてとろみのある牡蠣グラタンの仕上げは、バーナーでのFire! だった。香ばしい香りが漂い、早く手を伸ばしたくなった。
甘くトロリとした食感のグラタンと「12年」の出会いは、とても初対面とは思えない甘くて深い関係だった。
「12年は香りに深みがあり味わいに甘やかさがあるので、玉ねぎをよく炒めてメイラード反応の風味を利用した」と大越さん。糖やアミノ酸が経年や加熱によってキャラメルなどに似た香ばしい香りを得る反応のことだ。
「温度感も揃えた」と、プロの技は徹底している。60℃ほどのお湯で割ったので、ちょうど食べ始める頃には40℃ぐらいのぬる燗程度、という計算だ。割るというより ”トワイスアップ” の感覚に近い。アルコール度数も味わいも強いので、少しずつ口に入れる。それが「風味を口の中にとどめながらゆっくり飲む」という行為につながるので、余計に特製牡蠣グラタンとの相性をじっくり堪能できるというわけだ。(”トワイスアップ” はウイスキーを同量の水で割る飲み方で、通常は常温の水を使い氷は入れない。ブレンダーが試飲するときに行う方法)
実はこのグラタンは、牡蠣の下に甘い玉ねぎが敷かれているだけではなかった。ホワイトソースには、白味噌と豆乳が使われていて、甘みとコクがプラスされているのだ。
12年のぬる燗トワイスアップ、そして白味噌牡蠣グラタンの濃厚なペアリングにも、恐れ入りましてございます! (Y. Nagoshi)
追伸:「第6回 〜ペアリングの極意/牛の巻〜」も、こうご期待!
ワインジャーナリストが探るオールドパーの秘密 第1回 〜オールドパーの格とオーセンティシティ〜
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