ながらくミゲル・トーレス・チリの醸造責任者を務めたフェルナンド・アルメダがこのほど退職し、エドゥアルド・ホルダンがその跡を継いだ。エドゥアルドは、デ・マルティノでマルセロ・レタマルとともにカリニャンやパイスをティナハス(甕)で造っていたからフェルナンドの後釜にぴったりだ。
ミゲル・トーレスのチリ南部開拓は、そもそもワイナリーをクリコに建てた時から始まっている。1999年にはマウレの海岸山地の只中、エンペドラド村のきれいな松林の中にカタルーニャのプリオラートと同じリコレリャ(粘板岩、ピエドラ・ピサラ)を見つけ、ここにガルナッチャとカリニェナを植えた。しかし海から25kmのエンペドラドはガルナッチャ栽培には寒すぎて十分な収穫が得られない。そこでピノ・ノワールに改植して漸く2012年にファースト・ヴィンテージを迎えた。
このワインは「エスカレラス・デ・エンペドラド」と命名された。エスカレラスは階段の意で、段々畑を指している。2012年ファースト・ヴィンテージから2015年までを垂直試飲した。2013年が最もジューシーでやさしい味わいだ。2014年は大規模な霜害に遭った年で、収穫の40%を失ったという。2015年はバランスがよくエレガントだった。エンペドラドは360haの土地を購入したが、周囲の松林をそのまま残し、開墾耕作地はほんの一部に限っている。それでも環境保護団体からの風当たりは強い。ピノ・ノワールの作付けは僅かに39haでほぼ1割だけ。しかも傾斜のきついテラス状の畑には二列しか植えていない。巨額にのぼった先行投資金を、いまはまだこのワインが一身に背負っているようで、小売価格はとても高い。
ミゲル・トーレスはカリニャンのVIGNOプロジェクトに初年度から加わっている。コルディエラ・カリニャンVIGNOの現行ヴィンテージは2014年だが、未発売の2015年と2016年を試飲できた。
ミゲル・トーレスVIGNOの特徴は、仕込みの段階で全体の5%をカーボニック・マセレーションしていること。独特のMCの香りを微かに感じるが、それが香り全体を覆うほどではない。気にしなければ気にならない。むしろ果実味が引き立つという効果の方が大きいようだ。2015年VIGNOはリッチでスパイシーだ。2016年産から収穫を早めたそうで、フルーツがもっと前面に出ている印象だ。味わいにもフレッシュ・フルーツの力強さを感じることができる。
非灌漑地域(セカノ・インテリオール)のパイスとサンソーの潜在力を初めて引き出したのもミゲル・トーレスだった。ヨーロッパからの移民がコンセプシオン近郊にパイスを植えた。20世紀になってイタリアからブドウ大量生産方式が紹介されると、ブドウ畑は棚式(パラール)に変化し、フラッド灌漑のできる平地へと移動した。しかしそれまで、パイスのほとんどは海岸山地の非灌漑地で栽培されていた。ここには年間1,500mmもの降水量があるから灌漑の必要がなかったのである。しかし大量生産方式のブドウ畑が増えると、非灌漑地の株仕立てパイスやサンソー(カリニャンも)は等閑視され放置された。
近年になって需要激減のパイス栽培農家を守るためチリ政府からパイスの有効活用を依頼されたミゲル・トーレスが、5 年もの歳月をかけて生み出した名回答が「エステラード・ロゼ」だ。長らく見捨てられたパイスを使ってボトル二次発酵でロゼ・スパークリングを造り、洗練された味わいに仕立て上げたのは見事だ。小売価格2,200円というもの魅力だ。
もっとも新しい挑戦はリオ・ブエノへの進出だ。リオ・ブエノはオソルノにある町でラゴ・ランコに近い。ミゲル・トーレスは2017年に海から40kmの地域に畑を持つ栽培家と契約を結び、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、ピノ・ノワール(いずれも当時6年樹)を購入している。火山性土壌で育つシャルドネでスパークリングワインを造ったら評判になった。収穫の様子を見に出かける予定だったが、大雨の予報が出て、雨の前に早めに収穫してしまい見ることができなかったのが心残りだ。
WANDS6月号は「夏のスパークリングワイン」「ビール」「チリワイン」特集です。
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