- 2025-12-11
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10月14日、アルテミス・ドメーヌは「ブシャール・ペール・エ・フィス」の分割と、新たなフラッグシップ・ドメーヌ「ドメーヌ・デ・カボット」の設立を正式に発表した。この新ドメーヌは、「ブシャール・ペール・エ・フィス」が所有していた膨大なコート・ド・ボーヌの畑のうち、最もプレステージが高く象徴的なクリマを管理・醸造するためだけに設立された特別なドメーヌである。
「カボット」とは、かつてブドウ栽培者が道具を置いたり休憩したりするために使った、ブルゴーニュのブドウ畑に点在する石造りの小さな小屋のこと。ボルドーの「シャトー」のイメージとは対極にある、このネーミングは、テロワールとブドウ栽培者への敬意を象徴する極めてブルゴーニュ的な戦略といえる。
報道によると「ドメーヌ・デ・カボット」の中核をなすのは約35haに及ぶ「例外的」と称されるグラン・クリュおよびプルミエ・クリュである。新ドメーヌに移管された主な所有畑には、グラン・クリュではモンラッシェ、シュヴァリエ・モンラッシェ 、ラ・カボット、コルトンの丘のグラン・クリュが含まれる。プルミエ・クリュおよび象徴的区画として、1791年に取得した3.91haの珠玉のモノポールであり「ブシャール・ペール・エ・フィス」の象徴であったボーヌ・グレーヴ 1er Cru「ヴィーニュ・ド・ランファン・ジェジュ」、1775年に「ブシャール・ペール・エ・フィス」がドメーヌとして最初に購入した歴史的な区画であるヴォルネイ 1er Cru カイユレ、そしてムルソー、ボーヌ、ヴォルネイの最良のクリマ群が含まれる。
「ブシャール・ペール・エ・フィス」のアイデンティティそのものであった「ヴィーニュ・ド・ランファン・ジェジュ」までもが新ドメーヌに移管されたことは、アルテミスが「ドメーヌ・デ・カボット」を歴史から切り離された全く新しいウルトラ・プレミアム・ブランドとして確立しようとしている強い意志の表れであろう。
今回の再編は、「ブシャール・ペール・エ・フィス」という一つのメゾンをアルテミスの戦略に基づいて3つの異なる事業体に機能分割するものである。具体的には、①ドメーヌ・ドゥジェニー、②ドメーヌ・デ・カボット、③ドメーヌ・ブシャール・ペール・エ・フィスという構成で、各事業体の役割、所有畑、拠点がそれぞれ明確に分かれ、アルテミスが目指す「地理的・階層的分割」戦略を視覚的に示している。コート・ド・ニュイの畑は「ドメーヌ・ドゥジェニー」に、コート・ド・ボーヌの最高峰は「カボット」に、そしてボーヌの優れた1級畑は「新生・ブシャール・ペール・エ・フィス」にという明確な切り分けである。醸造所についても、カボットがピュリニーに新設されるのに対し、「新生・ブシャール・ペール・エ・フィス」はサヴィニーの歴史的拠点を引き継ぐという点で、この戦略を裏付けている。
未来への巨額投資:「カボット」を頂点に導く新醸造所とビオディナミ
ドメーヌ・デ・カボットの設立は、単なる資産の組み替えではない。アルテミスは、この新ドメーヌをブルゴーニュの絶対的頂点に位置づけるため莫大な資本を投下する。その施策の一つとして、アルテミスはシャトー・ド・ピュリニー・モンラッシェの敷地内に「ドメーヌ・デ・カボット」専用の最先端醸造所を建設中である。郊外の産業集約地区ではなくブドウ畑の真ん中に生産拠点を置くというアルテミスの戦略に沿った動きである。
この新施設は、環境配慮の最高基準である「HQE(高環境品質)」の原則に基づき建設されており、2027年ヴィンテージからの稼働が予定されている。この専用施設により、より長期の熟成や、クリマごとの精密な樽選定、柔軟な醸造判断が可能となり、各テロワールの個性を最大限に表現することを目指す。
さらに重要なのが栽培方法へのコミットメントである。「ドメーヌ・デ・カボット」が管理する畑は、既に「有機農法」の認証を取得済みである。そしてアルテミスは、この広大な畑を2026年ヴィンテージから「ビオディナミ農法」へ転換することを発表した。この極めて野心的な転換は、ジュリアン・アルノーの監督下で行われる。彼は、アルテミス傘下にあるボルドーのシャトー・ラトゥール、ブルゴーニュのクロ・ド・タール、コート・デュ・ローヌのシャトー・グリエにおいてビオディナミ農法を導入・実践してきたグループ内随一の専門家である。セレクション・マサル、剪定技術の改良、緑肥の活用、アグロフォレストリー(森林農法)の導入なども含め、土壌の健康と生物多様性の向上に全力が注がれる。
この巨額投資の背景にある戦略は明白である。これは、ドメーヌ・デ・カボットを市場にデビューする最初からDRCやドメーヌ・ルロワと比肩する存在として確立させるための戦略的な布石である。現代の超高級ワイン市場において、目の肥えた消費者やコレクターは単なる畑の格付け(グラン・クリュであること)だけでは満足しない。彼らは、環境への最大限の配慮(ビオディナミ認証など)と醸造プロセスにおける完璧性(最新鋭の重力式醸造所、徹底した選果など)を、その価格に見合う「前提条件」として要求する。アルテミスは、歴史ある「ブシャール・ペール・エ・フィス」の醸造所を「新生・ブシャール・ペール・エ・フィス」用に残しつつも、頂点となるフラッグシップ(カボット)のために一切の妥協を排した最新施設をゼロから建設する道を選んだ。これは、ドメーヌ・デ・カボットのワインが市場に登場するであろう2027年ヴィンテージ以降、世界最高レベルの価格帯で取引されることを正当化するための品質とマーケティングの両面からの完璧な「理論武装」といえる。
継承される遺産:「ドメーヌ・ブシャール・ペール・エ・フィス」のこれから
では、300年の歴史を持つ「ブシャール・ペール・エ・フィス」の名はどうなるのか。グラン・クリュや象徴的なモノポールの大部分が「ドメーヌ・ドゥジェニー」と「ドメーヌ・デ・カボット」に移管された後も、「ドメーヌ・ブシャール・ペール・エ・フィス」の名称は存続する。このドメーヌは、再編後に残る約65haの自社畑を管理・運営する事業体としてその歴史を継承する。ネゴシアン事業を停止し、最高峰の畑を切り離された「新生ドメーヌ・ブシャール・ペール・エ・フィス」は、コート・ド・ボーヌの優れたプルミエ・クリュおよび村名アペラシオンのスペシャリストとしてその役割が再定義される。そのポートフォリオの柱となるのは、「ランファン・ジェジュ」と「カイユレ」といった象徴的区画を除くムルソー、ヴォルネイ、ポマール、そしてボーヌのプルミエ・クリュ群である。醸造と熟成は、引き続きサヴィニー・レ・ボーヌにある「ブシャール・ペール・エ・フィス」の歴史的な醸造施設で行われる。
これにより、アルテミスはブルゴーニュにおいて、【ウルトラ・ラグジュアリー】(ドメーヌ・デ・カボット、ドメーヌ・ドゥジェニー、クロ・ド・タール)と【アッパー・プレミアム】(新生・ドメーヌ・ブシャール・ペール・エ・フィス)という盤石な二階層のブランド・アーキテクチャを完成させたことになる。「ブシャール・ペール・エ・フィス」が3世紀にわたって築き上げてきた歴史的なブランド価値と信頼を「第二の柱」として活用することが合理的だという経営判断を下したのだろう。
ラグジュアリー・グループが描くブルゴーニュの未来図
今回のブシャール・ペール・エ・フィス再編劇は、アルテミス(ケリング・グループ)やLVMHといった巨大ラグジュアリー・コングロマリットによる、ブルゴーニュの細分化されたテロワールの「集約」と「ブランド化」という近年の大きなトレンドを象徴する決定的な出来事である。アルテミスが実行したネゴシアン停止、ビオディナミへの転換、最新鋭醸造所の建設といった一連の戦略は、明確なビジョンとそれを実現するための莫大な資本力なくしては不可能である。これは、伝統的な家族経営のドメーヌでは実行不可能なレベルでの品質追求であると同時に、ブルゴーニュのワイン造りの風景を不可逆的に変えてしまう力強さを持っている。
(Toshio Matsuura / Paris)



















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