グラン・オーセロワの3アペラシオン イランシー、サン・ブリ、ヴェズレイの魅力

ブルゴーニュ地方北部・ヨンヌ県のワイン産地ではシャブリが圧倒的に有名だが、そのほかにも魅力的なワインを生み出すアペラシオンがある。
イランシー、サン・ブリ、ヴェズレイ。冷涼な気候を特徴とする3つのアペラシオンについて、
パリ在住のワインジャーナリスト、松浦敏雄氏がレポートする。

text&photos by Toshio Matsuura (Paris) 取材協力:ブルゴーニュワイン委員会(BIVB)

 

21世紀以降の急速に進む地球の温暖化で、南のブドウ産地は猛暑や干ばつに苦しんでいる。一方、ブルゴーニュ北部のワイン産地、グラン・オーセロワは温暖化によりブドウが完熟し、質の高いワインが出来るようなった。とくに村名アペラシオンに格付けされた「イランシー」、「サン・ブリ」、「ヴェズレイ」は、ワイン愛好家の中でしばしば話題に上るようになり、パリのレストランでもブルゴーニュワインの品揃えとして存在感を増している。


イランシー Irancy

イランシーの村はヨンヌ渓谷右岸の高台にある。そして、すり鉢状の谷の真ん中に村落が広がっている。村落から見て北東、南東に高い丘があり、南西に向かって弧を描く巨大な円形劇場のような独特の美しい地形だ。さらに所々ブドウ畑の中に残るサクランボの果樹園が心地良い風景を作り出している。

AOCイランシーはピノ・ノワールに、10%まで黒ブドウ品種のセザール(英:シーザー)の使用が認められている。セザールはローマ軍が紀元前後にこの地域に持ち込んだとされる品種で、色が濃く、タンニンがかなり粗野だ。かつてはあまり熟さないピノ・ノワールの色と構造を補うために使われてきたが、徐々にブレンドの割合が減っており、現在、イランシーの多くのワインが100%ピノ・ノワールから造られている。

ブドウ畑の標高は130~250m。小さなカキの化石が混じるジュラ紀の泥灰質土壌の斜面と、固い石灰岩の上に粘土質の土壌が広がる台地の部分にブドウの樹が植えられている。

イランシーは19世紀末のフィロキセラ禍でブドウ畑は消滅したが、20世紀初頭には早くもブドウ栽培が復興した。AOC「ブルゴーニュ・イランシー」を経て、村名アペラシオンの「イランシー」に昇格したのは1998年。ヨンヌ県初の赤ワインの村名アペラシオンだった。

近年のトピックは、イランシー栽培家組合のクリストフ・フェラーリ会長ら14人ほどのグループが中心となり、数年前からイランシー・プルミエ・クリュの制定準備作業が進められていることだ。

「まだ計画書類の段階で、栽培家全員の同意が得られたわけではない。イランシーには約65のリュー・ディがあり、そのうちどれをプルミエ・クリュに格付けるか、利害が錯綜し作業は容易ではない。INAOはプルミエ・クリュを総面積の20%以下に抑えることを望んでおり、イランシーの場合、認可面積315haの20%、60haが上限。しかし、栽培家全員の意見を聞くと容易に100haを超えてしまう。プイィ・フュイッセは申請から認可までに15年かかった。プルミエ・クリュの格付け作業は次の世代に手渡し、任せたいと思っている」。

5年前には5%に過ぎなかった輸出は、今では30%に達している。バルク販売の取引価格は前年より15%ほど上がり、1樽(228l)当たり1,800~2,400EUR(約24万6,000~32万8,000円)。「問題は2021年の霜害。販売できるストックがほとんどない」とフェラーリ会長は語っていた。

サン・ブリSaint-Bris

ヨンヌ県の県庁所在地、オーセールの町から南に10km下ったヨンヌ川右岸に人口1,000人ほどのサン・ブリ・ル・ヴィヌー村がある。集落の周りに広がるブドウ畑に、ピノ・ノワール、シャルドネ、アリゴテに混じってソーヴィニヨン(ブランとグリ)が植えられている。しかし生産はわずかで、ソーヴィニヨンを使った白ワインは長い間、VDQSの「ソーヴィニヨン・ド・サン・ブリ」を名乗っていた。

しかし、徐々に質の高い、個性を持ったソーヴィニヨンに注目する人が増え、2003年に村名アペラシオンの「サン・ブリ」が認められた。ブドウ畑はヨンヌ川によって運ばれた沖積土とジュラ紀のポートランディアン、キンメリッジヤンの土壌が交じり合った粘土石灰質で出来ており、比較的水はけが良い。概して冷涼な海洋性気候の恩恵を受け、年間通じて適当な降雨がある。

ブドウ畑の標高は150~300m。ほとんどのソーヴィニヨンは北ないしは北東向き斜面に植えられている。これにより、ゆっくりと熟し、新鮮で心地良い柑橘や桃のフルーティなアロマとミネラル感のあるワインが出来る。サン・ブリが抱えている大きな問題のひとつは、収穫したブドウ、搾汁の移送先が限定されていることだ。移送先が作付け認可されている5か村のほか、シャブリを含むヨンヌ県のいくつかの村に限定されている。

「サン・ブリの市場拡大には大手ネゴシアンが搾汁を買い入れ、ボーヌでも醸造できるよう規定を変更する必要がある」と、AOCサン・ブリ栽培家組合のピエール・ソラン会長は強く主張する。

ヴェズレイ Vézelay

ほとんどのフランス人にとってヴェズレイは、ワイン産地としてよりも、「ヴェズレイの教会と丘」のタイトルで登録されたユネスコの世界文化遺産のある観光地として馴染みが深い。標高300mの高台に建つ聖マドレーヌ大聖堂を取り囲むようにヴェズレイの集落が広がり、ここに年間100万人の観光客が押し寄せる。

ガロローマ時代からブドウ栽培が始まり、かつてヴェズレイ村だけでも1,000haを超すブドウ畑が広がっていたが、19世紀後半のフィロキセラ禍で全滅した。その後、地元の10軒ほどの栽培家が協同組合を結成し、

ブドウ畑の再建が始まったのは1973年。さまざまな品種を試した結果、シャルドネを使って質の高い白ワインを作ることで合意した。1997年にAOCブルゴーニュ・ヴェズレイ、そして2017年に村名アペラシオンのAOCヴェズレイに昇格した。ブドウ畑はヨンヌ川の支流、キュール川の両岸に広がっている。イランシーやサン・ブリから南に40km、コート・ドールとは100kmの距離があり、完全に孤立している。

ヴェズレイの特徴はブドウ畑がモルヴァンの森に隣接し、湿気の多い冷涼な気候が保たれていること。とくに日較差が大きく、この熱の振幅幅がヴェズレイのシャルドネに独特のニュアンスと活力を与えている。また、ヴェズレイは主として粘土質のブドウ畑が多く、比較的乾燥した年の方が出来が良い。気候帯も多少大西洋気候の影響があり、コート・ドールとは異なる。地理的にはロワールのサンセールに近い。品種は異なるが、サンセールの膨らみがヴェズレイのシャルドネに感じられるという人もいる。

AOCヴェズレイ栽培家組合のマチュー・ヴォワレ会長は「我々の難しさは、栽培面積が小さく生産量が少ないため、知名度を上げる手段が限られていることだ。しかしこの10年でAOCヴェズレイの知名度は格段に上がり、若い入植者も増えている」と語っていた。

続きは、WANDS 9月号
【特集】オーガニックワイン2022 さらなる旨さを求めて こだわりのビールで活性化へ
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